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セグメンテーション成功例と失敗例
カナダのトロント近くにあるショルダイス病院は、コスト高騰に悩んでいる業界にあって、コスト高を乗り切る生産性のモデルとなっている。外科の患者はほとんどの病院では5日ないし8日入院するのに、ショルダイス病院では3.5日しか入院しない。ここの医者はよそに比べて、年間にこなす手術がはるかに多い。それでいて給与は開業医として稼げるほどにも達していない。看護婦は多くの病院に比べて何倍もの患者の世話をしている。患者は自分で自分の面倒を見ているのだ。手術室へ行くのも自力なら、回復室へも歩いて行き、共同食堂で食事をする。
こういうと品質の低い、ほうりっぱなしの製造ラインのように聞こえるだろうか。事実はまさに反対なのだ。同じ症状に対して必要な治療の回数で測ると、ショルダイス病院は他の病院に比べて10倍能率がよい。かつてここの患者だった人たちはショルダイス病院にいたという経験がうれしく、それを記念して年に一度懇親会を開いている。1988年1月にトロントのロイヤル・ヨーク・ホテルで開かれた大会には1500人ばかりの「同窓生」が押しかけた。
この立派なサービスの模範の裏には、並外れたことが行われている。病気だというだけではショルダイス病院に入院させてもらえない。もし、骨折、胆石、動脈硬化なら、よその病院へ申し込みなさい。ショルダイス病院で受け付けるのはたった1種類の患者に限られている。ヘルニアだけを患っている人たちだ。ヘルニア患者ではあっても、心臓疾患の病歴があったり、最近12カ月以内に手術を受けていたり、ショルダイス病院の勧告する体重以上であれば、断られてしまう。
極度に集中したサービス戦略がショルダイス病院の業績の鍵なのだ。病人という市場を病気の種類で細分化した上で、治療に費用のかからない1つのセグメントに集中することによって、ショルダイス病院はその事業を最適化し、その使命を果たし、そしてかなりの利益に恵まれている。
ショルダイス病院の医師は、特別の治療法を用いて何百というヘルニア患者を1年間も治療すれば、腕は磨かれ生産性は上がる。この病院では全身麻酔の使用はまず避けることができる。局部麻酔のほうが安全で安価であり、ヘルニアの治療にはこれで十分だからだ。患者は起き上がって動き回ったほうが、手術からの回復が早い。それでショルダイス病院では大量の車椅子やガーニー(車輪付き寝台)、また患者の後押しをする補助器具、何列にも並んだ広幅エレベーターには金の支出を避けている。その代わり、患者のために心地よくカーペットを敷き詰めた廊下、緩やかな階段、散歩ができるよく手入れされた庭がある。テレビと手洗いが中央に集められているが、これは病院には費用の節約となり、患者には歩き回るのを奨励することになる。
ショルダイス病院はヘルニアだけに集中しているので、肝心の治療には強い競争力がある。しかし、これが成功の主な理由ではない。有名なロサンゼルスのリヒテンシュタイン・ヘルニア協会のように、これ以外の病院でも少なくとも同様に手際のよい低コストの治療をしている。消費者はほとんど医療保険に入っているので、何とはなしに医療費には鈍感になっている。その上、家庭医のある人はそのアドバイスに従うことになる。ヘルニアならたいてい地元の病院で治療するようにと言われてしまう。
ところが、人々がショルダイス病院へ集まるのは主として、患者だった人からそこへ入院するのはすばらしい経験になると聞くからだ。この病院のこうした熱狂的な噂が伝わっているのは、ここでは中核となる治療に(目には見えないが)かなりの価値が付け加えられているからである。ほとんどの人には病院の中核となるサービスの質を正確に判断することはできない。患者が判断でき、また実際に判断しているのは、病気がそれほど重くなければ、チェックインのときに受ける扱いであるとか、他の患者の振る舞いとか、医師や看護婦の気配りやそれとわかる腕前である。
ショルダイス病院では、明確な戦略なしに際立った顧客サービスができるのだろうか。物理的にも社会的にもそのシステムをすっかりつくり替え、治療費を目玉の飛び出るほど上げなければ、恐らく無理だろう。ショルダイス病院は、足の骨折や心臓衰弱の人の治療、ほとんど歩けない人や大手術を受けて点滴による栄養補給が必要な人、整形手術後の回復期の患者(人目に触れるのを好まない)には全く向いていない。
ショルダイス病院の経営者はちょっとした目の手術だとか、怒張した動脈や痔の治療も手がけることを考えたことがある。必要な設備という点では、手順がヘルニアの治療とかなり似ているからだ。しかし「かなり似ている」程度では不十分である。それで、熟知していて最も効率的に治療できるセグメントに専念すると決定した(1)。
これに反して、戦略があいまいであったり矛盾していると、立派な顧客サービスはできない。ピープル・エキスプレスを見てみよう。1981年には予算の限られた旅行者だけに集中していた。つまり学生、リュックサックの若者、休暇の旅行者など、料金さえ安ければ、スケジュールや空港での搭乗手続きが不便でも喜んで我慢する人たちである。



