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過去3年間、わがノーザン・テレコム社では、社内の報告制度の多くを廃止し、製造、調達、顧客サービスを把握するためのシステムを全面的に変更した。わが社は今まで変更を恐れたことはないが、しかし、同時に変更のための変更を行っているわけではない。わが社が数多くの政策、慣行、システムを放棄したのは、ある1つの理由によるのである。
1986年に我々は会社にとって重要なあることを発見した。我々の長期的な競争力に欠くことのできないあらゆることに共通している要素、つまり時間を発見したのである。業務の改善のために我々がしようとしたことは、すべてプロセスから時間を絞り出すことにほかならなかった。メスを深く入れれば入れるほど、より大きなチャンスを見いだした。最終的に我々は既存のプロセスの変更すら行わなかった。我々はそれらを全く別の角度から見直し、事業をかつてないほど迅速に進めることができるよう、わが社の全組織を再設計したのである。
競争上の優位の源泉としての時間を最初に発見したのは我々ではないし、またそれについて語るのも我々が最初ではない(1)。ただこの概念を実行に移している数少ない企業の1つであることは確かである。我々はこのことを誇りに思ってはいるが、我々の話は決して自画自賛ではない。これは1つの実例である。我々は他社も我々の経験から学び、産業の活性化と再生に向けて我々に続くことを期待しているのである。
現在わが社では、わずか2、3年前に比べて約半分の時間で製品を生産している(図1参照)。在庫と間接費は低下し、一方品質は改善された。全体としての顧客の満足度は着実に向上しており、4年近く前に我々自身が設定した野心的な目標に急速に到達しつつある。
成功がもたらした難問
ノーザン・テレコム社の起源は1世紀以上も前であり、事実アレキサンダー・グラハム・ベルが電話を発明した8年後というはるか昔までさかのぼる。会社はその長い歴史の過程で強力な成長の時期を何度か経験してきた。しかし、その中でも1970年代末に始まった成長期は明らかに最もドラマチックであったといえる。この時期にノーザン・テレコム社は最初の完全デジタル式交換機を市場に出した。わが社は今なおこの技術革新が引き金となった変化への対応の過程にある。
デジタル交換機は、競合する電気機械式に比べるとはるかに優れており、分割前のAT&T社は傘下の関連会社に対してわが社からこれを購入することをすぐには認めなかったものの、独立系電話会社は即座にこれに飛びついた。このためわが社の1978年の売上高は前年比130%もの大幅増加を見せた。その後1981年に至って、AT&T社が関連会社にこの交換機の導入を認めた結果、この製品に対する新しい需要が完全に開かれた形となった。そして1984年にAT&T社が政府の命令によって分割されるに至り、デジタル交換機の販売は飛躍的に増大した。金額では25億ドルだが、これはわずか8年間で1200%の増加を意味する。
もちろんこの成長は我々にとって歓迎すべきものであったが、我々はそのペースについていくのに手いっぱいというところであった。わが社では3年連続して毎年1500人の増員と生産の倍増を実施した。この成功に対応するための新規工場の建設については、利益の増加以上にコストの上昇をもたらすという理由から全く考慮しなかった。むしろ既存のマーケティング、技術及び生産工程からより多くの製品を生み出すことに努力を集中した。ステーションからステーションへ製品をより迅速に移動しようと苦闘した。
1985年までに多数のライバル企業もそれぞれ独自の完全デジタル式交換機を発売し、わが社の売り上げは3年間で初めて鈍化の兆しを見せ始めた。もはやわが社だけの製品ではなくなったのである。
大手の参入企業がシェア争いを展開したことに加えて、電気通信産業の規制緩和が、あらゆる方面からの圧力を増大させた。顧客は、高品質かつより高度の製品を、しかも低コストで要求した。もし我々が市場の需要に対応できなければ、他のどこかがそうしたことは明らかである。
顧客の望むものを常に準備しておくために、我々は新製品をますます速いペースで市場に出し続けていった。だがこれはもう1つ別の問題をはらんでいた。我々は新製品を市場に出した後、変更を加えることにより絶えず生産コストを引き下げてきた。だが新製品の急激な増殖に伴い、我々は何千もの連続的な変更を同時に扱うことになってしまった。1985年には、ノーザン・テレコム社の各工場は既存の1つの製品について平均して2時間に1回のわりで技術的な変更を行うという状態になっていた。こうした変更の大部分はその製品にほんのわずかしか実質的な価値を追加しないか、あるいは追加があまりに遅きに失するかのいずれかであり、しかもこれらの変更のコストがわが社の製造間接費の20%を上回るまでになったのである。



