現在ヨーロッパで積極的に活動していてもいなくても、アメリカ企業は今後2、3年、前向きによく考え活動する必要がある。それはヨーロッパの企業が仕掛ける激しさの増した競争から自社を守り、統一されたヨーロッパ市場が生み出すはずの好機を生かすためなのだ。

 戦後のヨーロッパは孤立し保護された国別市場の寄せ集めで、アメリカや極東に比べると経済的には停滞していた。ヨーロッパ企業は明らかに未来の産業と目される分野で、積極的な日本やアメリカの競争相手と戦うのに必要な投資を支えられるほど大きい国内市場を持っていなかった。それはエレクトロニクスや情報技術、バイオテクノロジー、通信の分野である。実際ヨーロッパ市場は細分化されている上に、規制や経済状態、文化的な好み、社会的緊張関係、ねたみ心も様々なので、そこで事業を行うとがっかりするような経験をする。

 この細分化され、熱狂的愛国心に凝り固まったヨーロッパが消えうせ、それに代わってダイナミックで統一された市場が育つ可能性が今日では現実のものとなっている。こうした変化はヨーロッパのためによかれと計画されているが、それは全世界の経済にも役立つと予測している観測者が多い。しかし、このヨーロッパ史上最大の経済的な深みを秘めた変化にすばやく柔軟に対応し損ねると、アメリカや非ヨーロッパ企業にとってこの新生ヨーロッパ経済は現実に脅威となるのだ。

 ヨーロッパ経済を自繩自縛の規制から解き放つ必要があるとヨーロッパ経済の政治指導者たちは前から理解しており、第2次大戦後の幻影、「共同市場」実現への努力を再現させねばならない論拠とされていた。ヨーロッパ共同体委員会は1985年に『域内市場完成白書』を刊行したが、委員会の声明であるこの公文書は、12カ国で構成するヨーロッパ共同体の中に、製品、サービス、金融、労働の単一市場を1992年末までに創設する必要を唱えている。

 EC'92として知られている委員会計画の効力は、全EC加盟国の議会によって批准され、1987年7月1日に発効した単一ヨーロッパ議定書の制定で裏づけられている。この議定書は加盟国に目標時点の1992年12月31日までに域内市場完成を義務づけているが、これは「内部に国境が存せず、財貨、人、サービス、自由な資本の移動が保障されている地域」であると定めている。

 このように、1992年という年はヨーロッパ経済の転換を象徴することとなった。しかし実際に重要なのはEC'92という計画であって、ある程度恣意的に決められた日程ではない。変化という点で言えば、突然奇跡的な変容が起きるということはありえない。現在ヨーロッパ人の間にはそれぞれ望んでいる変化の範囲や性質に関して混乱があり、一致が見られないからだ。

 統一ヨーロッパのビジョンを達成するには、EC加盟国はその国家主権の重要な構成要素を統一体としてのECに引き渡さざるをえない。これまでに12カ国が独立して活動する自由を、これほど多く進んで放棄したことはない。この権力の移転が果たして成功するのかという懸念から、今回の実験全体の成功に大きな疑問が生じている。アメリカの企業経営者多数はEC'92にいくぶん頭を悩ましているのも無理はない。今までに筆者が話した人たちは、次のような質問を投げかけてきた。単一市場は達成されるのだろうか。ヨーロッパ市場がどのように展開していくのか見守りたいが、いつまで待機していていいものだろうか。EC'92は個々の産業やビジネスにどのように影響するのだろうか。

 しかし、どう予想すればよいのか的確にわかるものはだれひとりとしていない。それにもかかわらず変化だけは進行している。ヨーロッパ域外の会社は今活動を開始せねばならない。そして不断の注意を払いながら活動せざるを得ない。ヨーロッパ人たちが抱いているヨーロッパ像には食い違いがある。だから単一市場がどのような形態をとるのか定かではないし、将来のヨーロッパのビジネス環境がどうなるか、的確な概要はいまだにつかめない。しかし本質的な変化を引き起こすエネルギーがあり、変化が現実に起きることには争う余地がない。ヨーロッパの企業はそれを承知の上で対処している。ヨーロッパのビジネスと政治のリーダーたちはそれに歩調を合わせている。その結果が、一部ヨーロッパ人たちの望みどおり徹底したものに近くなれば、鷲のアメリカも、ドラゴンと呼ばれるアジア諸国も、ヨーロッパという狼の一群とあいまみえることとなる。

 ヨーロッパに変化を引き起こしている要因は、産業ごとに特有のものである。だから効果的に対応するには、企業それぞれのやり方をとる必要がある。その中でも変化の進む市場、競争、技術に関するものが最も強力な要因で、これらはグローバルな性格をもちながら産業ごとに特殊である。

 政治的な要因も影響している。その一部は国際的な圧力に対する対応策で、例えば新しい技術分野でグローバルな競争をするには巨額の研究開発投資を必要とするが、それを可能とするほど大きい国内市場をつくり出す必要性などである。ほかにも特別な保護を受けているグループのその特権的地位を維持したいという欲求を反映した政治的圧力もある。例えば、ドイツのトラック業界である。なおこのほかにも統一を利用して向上した社会的恩恵とより一層進んだ環境保護とを共同体全域に押し広げたいと望む社会活動や環境活動のグループの圧力もある。こうした要因すべてが、1992年の目標時期までにヨーロッパ委員会が発する予定のおよそ300に上る指令に影響を与えることとなる。こうした指令がヨーロッパ裁判所の判決とも一体となり、ヨーロッパで事業を営むそれぞれの企業のビジネス環境を形成することになる。