ヨーロッパ委員会は、単一ヨーロッパ市場の魅惑的な展望を描いている。3億2000万人の消費者、アメリカよりも規模の大きい統一市場、低い価格に支えられた急速な経済成長、少なくとも200万人分の新しい仕事、などである。しかしヨーロッパの経営者の目には、統一市場に向かう動きは足並みがそろわず、整っていないと映っている。

 例えば、ヨーロッパで事業を行う場合の「社会的側面」がこれほど曖昧模糊としていたことはなく、将来あつれきを生じる見込みは十分ある。提案されているヨーロッパ会社法は国際的合併に適用される任意法規の法案であるが、これによると雇用主は労働者参画方式を3種類の異なったモデルの中から選択しなければならない。1つは2階層役員会システムで、西ドイツの共同決定法方式に基づくものである。1000人以上の従業員を擁する企業の労働者は、会社の管理役員会の半数を選出することになる。もう1つのモデルはベネルクス型の工場委員会で、この委員会では従業員代表が会社の役員会とは別に財務業績に関する報告を受け、また役員会に先立って必ず意見を求められる。3番目の案は伝統的な団体交渉に近い方法によって、労使双方が合意できるシステムである代表制に到達しようとするものだ。このような交渉には、初めの2つの案にも匹敵する規定が必要になるものと思われる。

 立法や規制がはっきりしないからといって、もっと根底にある事実から目をそらせてはならない。ヨーロッパの統一は確実に前進しており、はずみがついているのだ。1987年12月に行われたEC首脳のコペンハーゲン・サミットは、農業や予算方針に関するおなじみの論争で幕を閉じた。しかしその後6カ月間ドイツが閣僚理事会の議長を占めている間に、対立は妥協へと変わった。ECは域内市場の達成を目指した20を超える新しい指令に合意した。これは1985年の『域内市場完成白書』で指摘された300の課題の内100以上を共同体は解決した、ということである。のろのろとした前進に戻るかもしれない。しかしもはや後戻りのできないところまできてしまったのだ。

 ヨーロッパの企業自身も、はずみをつけている。合併と買収の波が、明らかに友好的と言えないものも含めて、ヨーロッパ大陸を襲っている。ベルギーのソシエテ・ジェネラルをめぐるカルロ・ド・ベネデッティの争いや、イギリスのチョコレート・メーカー、ラウントリー獲得を目指すネッスルとジェイコブ・スシャールの買収合戦などは、数年前では考えることすらできない。イギリスとオランダの出版社、ピアソンとエルセビアがルーパト・マードックを阻止するために力を合わせた。一方、イギリスのGEC、西ドイツのシーメンス、アメリカのゼネラル・エレクトリックはイギリスの防衛産業とエレクトロニクスのメーカー、プレッシー獲得に新聞のトップを飾る大激戦を演じている。

 こうした合併の多くは、ヨーロッパ大陸全域に手を広げる前に中核となる市場で力を強めようとする企業の企てである。スペインの第3位と第6位の銀行、バンコ・ド・ビルバオとバンコ・ヴィズカヤとが合併して、ヨーロッパの上位30行に入るスペインとしては唯一の銀行となった。共同体域外のヨーロッパ企業も似た動きをしている。スカンジナビアの製紙業界では劇的な統合が行われ、スウェーデンではストゥーラ・コッパルベリー・ベリスラーグスやスベンスカ・セルローサ、またフィンランドではフィンパップやキンメネという近代的な効率の高いメーカーのグループが生まれた。1984年6月1日から1985年5月31日までの間に、EC上位1000社の企業間で合計140件の「国家的」な合併があった。1987年から1988年にかけて、これに匹敵する数字は225件となった。

 この国内の統合の荒波に伴って、国境を越えた企業結合が加速している。1984年6月1日から1985年5月31日の間には50件にも達しなかったものが、1987年から1988年の間には優に100件を越えている。こうした協定は紛れもない統一市場が進展しているという事態に賭けたヨーロッパ最高経営責任者たちの戦略を表している。ネッスルはブイトーニ、ラウントリー、ヒルズ・ブラザーズ・コーヒー、カーネーションなど、一群のヨーロッパやアメリカの食品会社を買収した。グローバル競争がことのほか激しい消費者向けエレクトロニクスの分野では、オランダの巨大企業フィリップスがドイツのテレビ・メーカー、グルンデッヒを買収した。他方、フランスのトムソンはソーンEMIのイギリスにあるテレビ工場を買収した。

 合併やジョイント・ベンチャーが適切な戦略的対応策ではない企業もある。そうした企業は自社事業所の合理化を積極的に推し進め、ヨーロッパ大陸規模の操業で決定的な優位を固めようとしている。フランスの食品巨大企業のBSNはいくつか合併を狙ってきたが、現在はヨーグルト工場をリヨンの近くに建設中で、ここからヨーロッパ市場全域に供給することにしている。スイスの包装食品メーカーであるジェイコブ・スシャールは個々のブランドごとに生産を特定工場に整理統合し、生産規模拡大を狙っている。最近シュツットガルトの工場とパリの老朽工場を閉鎖し、バーゼル郊外とストラスブールにある工場に生産を移転した。同時にその他の工場には一層コストを引き下げるために、最新技術のオートメーションとフレキシブル生産システムを装備した。

競争の新たな形態

 1992年以降、ヨーロッパで事業を行ううま味がどの程度変わるのか正確に予測するのはまだ早い。しかし企業とその顧客、さらに競争業者との間に長らくつくり上げられていたコストと価値との関係が激しく変動する時期に入りつつあるということには疑問の余地がない。

 価格競争が急速に激化することは確かだ。化学、消費者向け容器入り商品、金融サービスなど、普及品の業界では、同じ製品でも国によって大きな価格差がある。フォルクスワーゲンのゴルフは税抜きで、イギリスではデンマークより55%高いし、アイルランドではギリシャより29%高い。ヨーロッパにあるチョコレートバーのある大手メーカーは1つのブランドをベルギーではフランスやドイツより26%安く、また別のブランドをドイツではフランスよりも14%安く売っている。税率に大幅な差があるので、最終消費者向け価格にはさらに大きな違いができることになる。

 この大きな価格差の根拠は単に原料や製造、あるいは物流などのコストにあるのではない。もっと競争の激しい環境なら持続することがないはずだ。外国メーカーに国境を取り払えば、競争は一層激しくなるだろう。フランスとイタリアは日本からの輸入に厳しい規制を設けて、国内の自動車メーカーを保護している。保護している国が輸入シェアをヨーロッパの平均である15%まで引き上げることを認めると、一部自動車メーカーでは、その国での生産が年間5万台から20万台、つまりそのメーカーの全世界生産量の3%から10%、減少することになる。価格も影響を受けることは明らかだ。