国際競争に忙殺されているアメリカのマネジャー達にとって、目の前の進路には海図がない。アメリカが商品やサービスを売ろうとしたり、事業を拡張しようとしている市場のほとんどすべてにおいて、脅威と同じだけ機会が存在する。そして、ヨーロッパでは1992年に近づくにつれて、その両方が増大している。

 確かなことが1つある。それは、通商政策及び金融政策におけるアメリカ政府の活動が、アメリカの産業がどの程度うまくやれるかを決定する上で、極めて重要な事項になりそうであるということである。それと同時に、先進国の経済は今日、深く絡み合っている。政治指導者たちは、国際協力か、あるいは我々すべてに損害を与える協力の喪失かの選択をますます迫られている。

 各国共通に抱えている経済問題に対処するための、共同の努力は前進している。しかしこうした国際協調へ参加している他の国以上に、アメリカ政府は国内の価値観の対立に苦しんでいる。アメリカ国民は官僚の権限分散と大衆の政策決定への参加に重きを置いている。それと同時に、国際経済環境が開放的で安定していることを望んでいる。その結果、アメリカ側交渉者は、分断化された意思決定機構に支持されることになるが、それは決して対外的な経済政策を定め実行するために構想されたものではない。

ヨーロッパ市場における障壁の撤廃

 ヨーロッパ市場においては、どのような不確実性が存在するのであろうか。わずか3~4年前、悲観論と成り行きまかせの風潮に半身麻痺状態のようにみえたヨーロッパの産業界は、日米の巨大な力の前に苦境に立たされていた。国内市場は縮小しており、世界市場向け製品は失敗続きであった。よく知られているとおり、ヨーロッパ共同体(EC)12カ国は、アメリカと同程度に開放的となるであろうヨーロッパの拡大内部市場であるヨーロッパ共同市場を、1992年までに完成させるという野心的目標を打ち立てることでこれに対応した(サービスや資本も品物や人と同様に制約なしに流通するであろうから、恐らく、ヨーロッパ内国境に配置されている税関職員は、その役目を失うことになろう)。

 この経済合同の決定は、ヨーロッパの経済と企業の指導者たちのムードを一変させ、60年代を思い起こさせるような主体性の波をつくり出した。租税体制の違いが、経済合同の問題をもたつかせる最大の問題になるであろう。40年前、ECの創設者たちは賢くもメンバー国は共同市場の歯車に引きずり込まれるであろうこと、すなわち、文字どおりひきうすの歯に絡み取られる過程を予測していた。今日、彼らの予言はまさに実現されようとしているかにみえる。ECのメンバーは、有無を言わさずより緊密な結合に引き込まれているのである。ヨーロッパの域外では、この変化の意味するところをさらに十分理解しなければならない。

 メンバー国が取り除いてほしいと考えている規制の1つは、いわゆる技術条項である。この中には、安全や健康面での理由により国内規格を国外へ適用する問題があるが、これは同時に、電熱機や自転車のブレーキの規格のように外国からの競争を抑制することに使われることもある。ヨーロッパ委員会では、こうした条例の整備を少しずつ進めてきている。より開放された市場へ向けての交渉は、一層拍車がかかることが確実である。規制撤廃が予定されているものとして、保険、銀行などの金融サービスの販売がある。さらに、EC当局者は、政府の「国産品購入」慣行、国営企業体、電力や電話会社などの統制された専売を減らしていきたいと考えている。

 確実に言えることだが、域内市場の規模の拡大と、国内生産者に恩恵をもたらしていた障壁の撤去により、ヨーロッパの新経済政策は、ヨーロッパの内外で活動している企業にとって極めて重要な意味を持つものである。しかし、それと同時にこの政策は、ヨーロッパ以外の企業にとっては新たな困難を生じさせることにもなる。特に、今までヨーロッパに対してものを売っていた域外の企業にしてみれば、クラブの中から現われる新しい競争相手に今までの取引が向けられてしまう、ということが起こるからである。創設後10年の60年代には、ECはそのメンバーのみならず域外の企業に対しても製品の取引に関する制限を減らしてきた。ガット(GATT)に後援されたケネディー・ラウンドと呼ばれる一連の交渉により実現された、この時宜を得た一歩は、外国企業、特にアメリカ企業に多くの機会を提供することになった。しかしそれと同時に、ECは外国の農産物供給者を当惑させることになった特恵制度を導入した。

 ヨーロッパ統一の努力と軌を一にして幾多ものガット貿易交渉が行われた。86年に96カ国のガットメンバー国により打ち出されたこれらの交渉は、次の4年間続きそうであり、工業化された国々を新しい領域に導くことになろう。過去40年の間、ガットのメンバー国は主に商品の国際間流通に対する関税やその他制約の削減に力を注いできた。しかし1986年、アメリカの要望を受けメンバー国はサービスの国際間取引、特許や商標権、特に国際取引に影響を与える投資規制を取り上げることに同意した。ガット交渉は銀行取引から海運まで、エンジニアリングから保険までという広範囲な貿易問題をカバーしうるものであった。

 アメリカのサービス業輸出は、全体としてみれば、アメリカの輸出の中でも間違いなく増大する部分を構成するであろうことは、強調しておくべきである。例えば、設計、据え付け、情報システムの運用などは、過去機械類が達成していたと同じくらいの輸出規模に将来なり得るのである。アメリカ経済がそのサービスを輸出する能力は、製品を輸出する能力及び海外直接投資を行う能力と深く関係しており、実際ますます密接に関与することになるのである。これらの製品の販売には、製品改良、保守、修理と同様、デモンストレーション、訓練、据え付けなどがまさに必要なのである。特に、ハイテク分野における製品の販売は、サービスの提供及び外国での関連会社設立と切り離せないものになってきている。

行政府:不利な条件下での交渉

 ヨーロッパ統一とガット交渉が同時に進むため(両者とも1993年6月に完了予定)、議題、その中でも特にサービスの国際間取引に関するものにかなりの重複が出てくるのは確実である。この2つの交渉がともに絡み合って進むこと及びアメリカの死命を制する国益がこれらの交渉の結果にかかっていることは、かなりの確率で言えるだろう。アメリカ政府はこれらの交渉に対処する能力に自ずから限界があるのだろうか。前例と政治的駆け引きからの制限を受けているのであろうか。