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これは、非常に重要な注文を取り逃がしたある小さな新興の企業が、どうやって再生し、市場のポジショニングについて学ぶことによって、ずっと強力になり競争力をつけていったかの話である。
そこから得られた教訓は、結局、その大きな注文を取り逃がしたことがこれまでに起きた最上の事柄であった、とその企業が結論づけたほど貴重なものであった。その問題の企業とは、ビデオスター・コネクション社である。私はこの5年間、同社の販売及びマーケティング担当の副社長をしているので、この話は私自身の体験談でもある。その試練の時期は間違いなく私のキャリアの中で最もつらいものであったが、その中で、私は、私の仕事は単に注文をとることではない、ということがわかるようになった。私の仕事は注文を取り逃がすということから、できるだけあらゆることを学ぶことでもあるのだ。実際、私は多くのことを学んだ、と言ってはばからない。
ビデオスター社は、法人組織の顧客への1回きりで非公開のテレビ番組を流すための臨時衛星ネットワークを供給すべく1980年に設立された。ホテル、シビックアリーナ、そして会社内にポータブルの衛星アンテナを据え付けることによって、ビデオスター社は製品発表、販売会議、教育セミナーなどの番組を伝送した。ビジネスビデオの新しいブームの時代の中で、わが社の将来は有望であるように思えた。
しかし、臨時ネットワークでの数年の経験の後、我々のマーケットはそこから離れ始めた。1つか2つの特別イベントを行う企業は、だいたい同じコストで自社のアンテナを備えつけることができる、ということがわかった。
それと既存の社内にあるビデオテープの制作設備とによって、企業は自社の常設専用のテレビネットワークをつくることが可能になった。こうして多くの企業にとって所有可能であるだけでなく、必要不可欠ともなりつつある教育及びコミュニケーションのツールが登場したのである。
ビデオスター社にとって、この開発は新たな機会の先触れであるように思えた。特別イベントのビジネスは高いマージンを生み出していたが、それは極端に間歇的で、そのため繁忙期の後には、仕事も収入もほとんどない時期が続いた。ほとんどの臨時ネットワークはほとんど予告なしに注文されるので、長期にわたる計画は不可能であった。
他方、専用ネットワークのビジネスはずっと規則的で、収入に関して予測できた。加えて、我々は特別イベントを扱うことに関し、これら新しい専用ネットワークに応用可能なすばらしい専門的技術と優秀な設備を有していた。しかし、そのとき災いは差し迫っていたのだ。
1983年の初頭、我々の最も古くからの、かつ最良の特別イベントの顧客であるヒューレットパッカード社(HP)が常設ネットワークの設計・架設の仕事の入札に我々を招いた。我々は唯一の入札者でその注文を獲得した。我々には、思いどおりに事が進んでいる、と思えた。
しかし、我々は状況を正確に読み取っていなかった。そのすぐあとに、特に専用テレビネットワーク市場を狙ってつくられたあるベンチャー企業が登場してきた。当初、我々は心配していなかった。プライベートサテライトネットワーク社(PSN)の出現は、市場がどこに向かっているかに関する我々の考えを確実にしただけであった。仕事に対する高い評判と満足した多くの顧客のリストをもってすれば、我々のほうが大いに有利である、という確信があった。しかし、我々は完全に間違っていた。それから18カ月の間に、その好戦的な競争相手は我々の特別イベントの顧客数社を含め、6つの重要な注文を持ち去っていった。
一大決戦は1984年の終わりにやってきた。特別イベントに関し、我々の最も重要な顧客の1つであるデジタルイクイップメント社(DEC)が100万ドル以上の価値がある常設衛星ネットワークの企画案をリクエストしてきた。DECの要求は、全国の販売及びサービスセンターと即座に通信できることであった。それには専用ビデオネットワークが必要であった。



