-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
アメリカのヘルスケア産業は病んでいる。アメリカのGNPに占める比率は大きく(GNP8ドルに対して1ドルである)、日本の2倍、他の先進諸国に対して少なくとも50%は高くなっている。ヘルスケア産業はGNPの成長率を50%も上回る率で成長している。従って、そのコストは、わが国の悲惨な貿易赤字のコントロールを困難なものにしている。
ところが、ヘルスケアに多くの金を注ぎ込んでいるにもかかわらず、多くのアメリカ人は必要とするサービスを受けることができない。アメリカ人は背中や足の痛み、消化器障害などの病に悩まされて、その生産性は低下しているが、アメリカ人の受けるサービスは、断片的、非人間的であり、場所も不便で、時間もタイムリーではない。さらに、ケア自体の質もまたよくないことで評判である。わが国のヘルスケア・システムは、生命を救う英雄的な行為においては真に優れているが、ごく普通の場合には適切な処置がとられない。例えば年間70万件行われる子宮摘出のうち医学的に正当であるのはほんの一部であることは、ほとんどの専門家が認めている。
需要にこたえ、システムの明らかな不適切さに対応しようとして、1970年代には新しい組織が設立された。これらの組織が目指したのは、より効率的なサービスの提供やケアの質と利便性の向上であり、分子生物学やコンピュータ科学の急速な進歩の成果の利用であった。こうした動きは、1980年代にヘルスケアの姿を一変させると考えられた変革の前触れであった。
これらの新しい組織は、病院や医療サプライヤー、あるいはゆっくりと慎重に社会に定着し始めていたケア提供企業とは異なるものであった。それは、しばしば起業家たちによって設立された会員制健康医療団体(HMO)、ナーシングホーム・チェーン、健康関連ビジネスといったスタートアップ企業であり、金融市場では成長が期待されていた。金融業界は自らの期待に目がくらんで、数十億ドルを注ぎ込んだ。ある証券アナリストは軽率にも、ほとんどすべてのアメリカ人が新しいヘルスケア団体に登録されるであろうと予言した。1983年のU.S.ヘルスケアの最初の公開売り出し後に、その売却価格は収入の74倍にまで上昇した。
起業家たちは十分な報酬を得た。有能な不動産開発業者で銀行家でもあるエイブ・ゴスマンは、伝説的に有名である。彼は、1983年にナーシングホーム・チェーンのメディプレックス社を設立したが、その後、1984年に株式公開して、1986年には3億ドルでエイボン社に売却した。この売却で得た利益は、1億ドル以上であった。彼と同じように、ヘルスケア産業に参入した起業家たちに期待されたのは、のろまな巨人(現状に無関心な管理者と薬販売員しか抱えていない巨人)を、効率的で利便性に富み、先進技術を使ったサービスや商品を供給するすばらしい機構に変換させることであった。彼らは、そうした目的の重要性を認識していた。つまり彼らは、ヘルスケアはPringle'sよりも貴重なことだと考えていたのである。
強力な2つのセクターがこの変革の支持者であった。すなわち、急増するコストに対する警戒感から一時的に同盟関係を結んだ政府と民間大企業経営者である。1985年までに、平均的な大企業でのヘルスケアのコストは急速に増加しており、1993年には純利益と同額になると予想された。アメリカ政府は、驚くほど活力を持ち、急速に増加する高齢人口の福祉維持のための支出に脅威を感じていた。古き良き時代の競争状態は、政府にとっても好都合な治療薬であった。もちろん、それはビジネスの側においても自然な成り行きであった。産業界と政府は、その巨大な購買力(ヘルスケア費用支出の80%以上を占めている)を使って、システムの応答性を刺激、促進した。1980年代初めには連邦政府が、定価で(いわゆる診療関係グループすなわちDRGによって)提供されるサービスに医療支出を制限し始め、また民間セクターでヘルスケア提供者の評価のために様々な会計監査技法を導入したが、こうした動きによって変革のための舞台セットは整ったのである。
しかし、この変革は失敗した。起業家たちは力を注ぎ、その強力な支援者は熱意を持ち、エンジンに燃料を供給するために数十億ドルの費用を費やし、さらに目的は崇高であり、意図するところは明確であった。それにもかかわらず、変革は失敗したのである。新しいサービスと競争がすばらしい効率を生み出すはずであったにもかかわらず、コストは全く統制できないことが明らかになった。サービスは不便なままであり、品質にはばらつきがあった。パイオニアたちが生み出した科学上のブレークスルーは、効率的な医療技術となって刈り取られるまでには至っていない。
何が悪かったのか。私は、この失敗は戦略の失敗ではなく、ほとんど完全にマネジメントの失敗であると考える。新しい組織の創出者たちは、自分たちが期待した輝くばかりの新しい世界のビジョンに目がくらんで、そのビジョンに生命を吹き込むために必要なマネジメントの仕組みを無視してしまったのである。本稿で私が目的とするのは、この変革を改めて第2幕に向けて再編成することである。第2幕は、建築においては神はディテールに宿るが、マネジメントの場合も同じことだと考える人々によって導かれることになる。
一変した情景
変革は、技術や人口特性、さらにヘルスケアのあるべき姿についての社会的な期待における基本的な変化から生じた。
我々は、技術的な変化に日常的に接している。レーザーやマイクロサージャリー、薬理学上の偉業、超音波、磁気共鳴画像処理(MRI)、その他のコンピュータ利用診断、臓器移植、人工関節や人工組織、これらすべてのイノベーションのおかげで、ヘルスケア提供者には、かつて想像さえできなかったようなことが可能になっている。



