今、すでに世に出ているもの以上に、魅力的なアイデアなどあるだろうか。もしそんなものがあるなら、それは希望的観測の産物でしかないはずだ。企業のマネジャーや経営コンサルタントに「生産現場の改革に必要不可欠なものは何か」と尋ねれば、"ムダを取り払うためのジャスト・イン・タイム方式"(JIT)、"品質改善のための精密な統計的工程管理"(SPC)、さらには"従業員参加や自主管理の拡大"といった答えが恐らく返ってこよう。私の知り合いのマネジャーなどはきっぱりとこう言い切る。「生産管理におけるJIT、SPC、それに従業員の参画は、いわば"搾乳台の三脚"である。それぞれが重要であり、どの1つが壊れても欠けても、他の2つが機能しなくなるだろう」

 その人はオペレーションマネジャーで、労働者の知識を引き出すことに懸命だった。また、労働者の熱意にも期待していた。彼には、明らかに、従業員参加の拡大こそが、まさに労働者が求めているもの、いや少なくとも彼らがすぐに欲するようになるもの、に思えた。その考えの背後にあるのは、生産現場の改革は、従来型の製造に比べ、"自主性"といった道徳的な理念により調和する、という信念である。

 だが本当にそうであろうか。それは、従業員の参画、自主管理、チーム制といったものに代表される"参加"という言葉が正確には何を意味するのかによって違ってくる。アメリカやヨーロッパでは、従業員参加プログラムのたいていの考案者は、"チーム"というものを労働力強化の1つの手段とみなしている。企業は、チームメンバーに日々の活動の管理――作業のスケジューリングやその実行手続きの決定――においてかなりの自主性を与えることにより、労働者を生産現場の改革に巻き込んでいる。

 対照的に、JITやSPCが最も広範に採用されている日本では、従業員は日ごろから、チームにグループ分けされているので、彼らが生産現場改革へ関与するのは、組織化されたQC活動や改善グループを通じた工程改善の提案に限定されている。個々の日本の労働者は、今やかつてないほどの責務を負っている。だからといって、労働者が独立的な自主管理という意味での純粋な自主性を行使している、と考えるには無理がある。

 確かに、マネジャーは生産現場の意思決定に、労働者を巻き込むことは可能だし、またそうしなければならない。ムダへの挑戦は理解されてしかるべきことだが、それは必然的に労働者の時間や行動をますます拘束することを意味してしまう。工場における労働者の自主管理に関する西洋の伝統的な考えは、残念なことに、しばしばこうしたものとは相入れないことがある。

エンジン工場のケース

 私が調査したエンジン工場のケースほど、この点に当てはまるものを私に提供してくれたものはない。10年以上前のことだが、ある大きなエンジン会社が、工場を新設することとなった。その際、最も配慮されたものは、労働者のモラールと参加であった。組織設計においては、自主管理チーム、多能工を育成する数多くの職務規定、階層的ではないかなりフラットな管理体制が盛り込まれ、さらには「成長」「信頼」「公平」「卓越」に基づいた"工場文化"への明確な言質がみられた。労働者は、自らが立案に携わったスケジュールに従い、自らに合うように現場をレイアウトし、また自らがベストと思う方法でアセンブリーラインの業務をこなした。また一方で、緩衝在庫があるので、労働者は経営の意思決定に参加する時間を持ちえた。その工場はすぐに、品質や安全性の向上のみならず、間接経費削減の面でも、従来型の生産方式を上回る模範的企業となったのである。

 初期の段階では、その工場には厳しいコストや納期の圧力はなく、豊かな労働環境の中で、最高の品質の製品を生み出すことに力点が置かれていた。しかし、オイルショック、自動車業界の不況、さらには外国企業との競争激化に伴い、製造コストの大幅削減が必要になった。そこでトップマネジメントは、JIT、SPCこそが競争力強化と品質改善に役立つと考え、その全社的導入を図った。

 それに対し、すでにイニシアチブをとることに慣れていた労働者たちは、導入計画策定のため、すぐに多くのグループをつくって応えた。あるグループが文献を調べ、セミナーに出席し、さらにはJIT、SPCをすでに実施している企業を訪問したりもした。次に二番目のグループが、工場の作業の流れに注目して、個々の現場の装備削減のため備品や工具の改良にチャレンジした(彼らはすべてのチームの作業をビデオに撮り、それをメンバー全員で見て、いわゆる"付加価値"を生まない作業の削減方法を探るべくブレーンストーミングを行った)。そして、すべての試案を文書化し、そのおのおのから得られるメリットを評価し、短期・中期・長期の目標を設定した。そして、最後に、第三番目のグループが、その実行を担当した。彼らは現場の再設計を行い、その実行計画を策定した。

 ここで問題が生じた。マネジメントは自社の労働力は柔軟性があるので、スムーズに船出できると期待していた。あるマネジャーは回想する。「JIT、SPCの導入を決定したとき、我々は、すでにそれらを採用していた社の方々に会い、その経験から学ぼうとした。それらの方々は『労働者はより献身的になりますよ』と口々に言われた。しかも、それらの企業の生産現場は我々ほど柔軟性に富んだものではなかった」。しかし、JIT、SPCが定着するにつれて、労働者から「労働者の参画という工場の基本原則が侵されつつある」という苦情が出始めた。

 事実、JIT、SPCを導入したことで必要となった組織化によって、労働者は多くの自由を失いつつあった。とりわけ彼らを悩ませたのは、チーム内、チーム間における緩衝在庫がなくなったことであった。多くの労働者、チームマネジャーが不満を口にし始めた。「我々はJITにより、チームとしての独自性や個人の自由を失いかけている」「マネジメントはかつての統制的な考え方に戻ろうとしている」「この工場では、企業存続のため、"人間重視"から"ビジネス第一主義的"へと力点が移ったのだ」