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トム・ベネット氏は、成長性に富んだハイテク企業のオーナーである。会社の売り上げは3000万ドルに達していて、株式公開を計画していた。会社の経営指数は適正であり、製品も悪くない。しかし、経営戦略の細かな点になるとさらに検討する必要がある――。ある月曜日の早朝、ベネット社長は、定例会議を前に、新製品のイメージや、会社の基盤技術の見通し、設備拡張計画などについてあれこれ思いをめぐらせていた。
ふと、先週の金曜日から机上においてあったメモが彼の目にとまり、思わずイスから腰を浮かしかけてしまった。わが社の最優秀の設計者の1人が退社したというのだ。ベネット社長は今まで考えていたことをすっかり忘れ去り、この事態について考え込んでしまった。この女性設計者の後任を探すべきなのだろうか。それとも、彼女に戻ってきてくれと頼んでみるべきなのだろうか。ほかにだれか彼女と同レベルの技術を持った人間がこの会社にいるのだろうか。彼女の技術は正確にはどんなレベルのもので、会社にとってどれほど大事なものなのか。時間と金をそれほどかけずに、彼女の技術レベルに育てられる人間がいるのだろうか。
ベネット社長はたかが設計者1人のためにそれほどまでに悩む必要があるのだろうか。どんな組織でも、入ってくる者がいれば出ていく者がいる。重要な人物が辞めれば、その穴を埋めつつビジネスをいつもと変わりなく進めるのが会社であろう。とはいえ、中にはかけがえのない人物がいる。そんな人物が抜けた穴は非常に大きく、ときにはだれもが予想しえなかったほどの大きさになるのである。
株式公開の考えなど今やどこかへふっ飛んでしまったベネット社長は、この女性設計者がどんな仕事をやっていたか知らないし、まして社内での彼女の人間関係がどうなっていたかなど、全くわからないことに気がついた。でも振り返ってみると、設計上で未知の問題が発生したときなど、しばしば正しい解決策を出してくれたり、いわゆる第六感を働かせていたのは彼女だったことを思い出した。また彼女がスタッフミーティングを仕切ると議事が"実にうまくいった"ものだった。彼女は10年間近く在籍しており、決して昇進が早かったわけではないが、彼女の問題解決能力によって会社の時間と金が救われたことが幾度かあった。ある困難な課題を彼女が解決したときにどうして解決できたのか聞いてみたことがあるが、彼女の答えは「そうですね。何と言っていいか。ただ、そう思っただけなんです」それだけだった。彼女の穴埋めが難しいのは、単に技術上の能力だけでなく、直観的な判断力に優れていたからである。
ベネット社長は、この事実を真剣に考慮しなければならない。現場のエキスパートを失ったのだ。だがしかし、エキスパートとは正確にはどういう人を指すのだろうか。どのようにすれば人々はエキスパートになるのだろうか。また管理者はこのようなエキスパートの思考過程をなぜ理解しなければならないのだろうか。
エキスパートがエキスパートたりうる理由、及びどのようにしてエキスパートになったのかを理解することによって、彼らを適切に配置できるようになり、また、ビジネスに対する貢献度も理解しやすくなる。また、エキスパートを明確に把握することによって、彼らに対する適切な評価や処遇が可能になり、結果としてエキスパートの確保がやりやすくなる。さらには、社内のエキスパートを把握しておくことによって会社内の組織がどのように機能しているかについて貴重な洞察力が得やすくなるのである。
専門能力(Expertise)は会社の運営にとって重要な意味を持っている。卓越した経営能力を求める動きや知的資源に対する認識が高まるとともに、この専門能力に新たなる関心が寄せられており、多くの会社ではエキスパートシステム、すなわち、エキスパートの問題解決行動を模倣したソフトウエア、の可能性が追求されている。
しかしながら、専門能力は単に無数の事実を知れば十分というようなものではない。それは、ある一定の職務に関して継続的に発生する個々の問題に対する、高度な知識をベースとしている。専門能力は、このような問題に対して長年にわたって取り組んできた経験が蓄積された結果、通常の思考限界を超えたものとして、エキスパートの心の中に形成されるのである。
エキスパートへの道
思考力に関して、すべての人間に共通な3つの限界が存在しているが、長期にわたる問題解決のための努力がこの限界を乗り越えさせ、専門能力への道を可能とするのである。
まず第1に、注意力の限界(Limit on attention)がある。ふつう、一度に1つの問題にしか注意が届かないし、一度に1つの決定しかできないものである。例えば、会社の経営者が予算の検討をやりながら、同時に社員の解雇をどうすべきかなど決定できるものではない。もっとも、解雇問題が予算の状態と密接なかかわりを持っているときは別問題であるが。もちろん、時折別の問題に関心が飛ぶこともあるだろう。例えば、友人との電話で夕飯をどこのレストランでしようかなどと話しながら、新しい駐車場の配分に関する提案メモを読んでいるようなことは結構あるものである。しかし、深刻な問題に対しては注意を分散するわけにはいかない。



