企業が成功するか、失敗するか、あるいは存続できるか、滅亡するかは、いかにリーダーによって導かれているかにかかっていると私たちは信じ込んでいる。そこで私たちは過去と現代の偉大なリーダーを研究し、また優れたリーダーを獲得すべくそのようなリーダーを探し出すこと、あるいは現有の従業員にリーダーシップ能力をつけさせることに多大の時間と費用を費やしている。

 筆者としても、企業のこの種の熱意に水を差すつもりはない。いうまでもなくリーダーは企業に大きな影響を及ぼしている。しかし、優れたリーダーを熱心に探し続けていくあまり、私たちはこれらのリーダーたちによってリードされている人々のことを忘れ去ってしまいがちである。あのナポレオンといえども、軍隊が存在しなかったとすれば、単に尊大な野心を抱いた人物に終わっていたであろう。企業組織においても、確かにその企業が成功するか滅亡するかは、リーダーたちがいかに企業をリードするかにかかっている部分もあるけれども、一方においては、その企業のフォロアーたち(リーダーに従って職務を遂行していく人たち)の業績にもかかっているのである。

 1987年に、アメリカ東部のある大手商業銀行は、利益が低下し、また法人の顧客をめぐって競争が激化する状況が生じたため、銀行の組織の再編成と従業員数の削減に着手することを余儀なくされた。その銀行の極めて経験豊かなマネジャーたちは、法人の顧客とのビジネスを進めるために、ほとんどの時間を外へ出て走りまわらざるを得なかった。時間とエネルギーにすでに余力がなくなっていたので、1人の部長は、組織再編成の仕事を部下に任せざるを得ないと判断した。部下たちは最近、自律的管理法の訓練を終了してきていた。

 その部長は、大きな不安を感じながらも、リーダーを置かない課を編成したが、部下たちは、お互いに対して、また銀行全体に対して、自らの職務記述書を書き、訓練プログラムを設計し、業績評価の基準を定め、仕事遂行のニーズに対して計画を立て、さらに組織の総合的目標を達成することに貢献していくことに責任を負うこととなった。

 部下たちは、以上のことをみごとに達成した。銀行の幹部たちは非常に喜んだが、同時にどうして地位の高くない従業員たちが、これほどの仕事をこれほどの出来栄えで遂行し得たのかということに正直びっくりした。この部門が、事実上リーダーをいただかずに部門をコントロールし、運営してきたという実績は、銀行が何か月も大混乱に陥る事態の回避に大いに貢献した。またこの銀行はその地域での主要銀行の地位を保つべく懸命の努力をしていたわけであるが、この際、銀行の経営陣とすれば、自らの貴重な時間に余裕が生まれて、外の火事を消すことに専念できたという点でも役立った。

 これらの個々の従業員たちはいったいどんなことを成し遂げたのか。彼らは達成すべき目標と達成基準を与えられ、ほかの部門であれば効果的なリーダーによる懇切な指導を受けることによってのみ達成できるレベルの達成を実現したのである。これらの従業員は、権限委譲を受諾して、自力でそのレベルに達した。彼らは自分で思考し、技能を向上させ、努力の方向を定め、勇気、奮起、そして自律的コントロールを十分に発揮した。すなわち、彼らは効果的に「フォロー」したのである。

 他の企業組織においてもこのような効果的なフォローの方法を導入していくために、私たちとしてはフォロアー(1)の役割の本質を学んでいく必要がある。優れたフォロアーを育てていくために、私たちは、効果的フォロアーを生み出す源となる資質がどんなものであるかを理解していく必要がある。

フォロアーの役割

 すべての上司が必ずしも優れたリーダーである保証はない。同様に部下の全員が必ずしも効果的なフォロアーであるわけではない。多くの上司は馬を水辺に導くことさえできないし、多くの部下はパレードの列についていくことさえできない。人によっては、リーダーとフォロアーのいずれの役割からも逃げようとする人たちもいるが、人によっては、彼らに割り付けられた役割を積極的に受け止め、一所懸命にその役割を果たそうとする人たちもいる。

 ほとんどの管理者は、そのキャリアの様々の時点で、さらには一日の勤務のいろいろな場面で、リーダーとフォロアーの両方の役割を演じている(両方とも立派にこなしている人たちは少ないが)。現実的にみれば、リーダーシップの役割には魅力が伴い、他からの関心も集まる。私たちはリーダーシップを学ぶために訓練コースに出るし、また私たちがリーダーとしての役割をみごとにこなすと皆からの賞讃と尊敬が集まる。しかし現実の世界では、私たちのほとんどは、リーダーよりはフォロアーの役割を果たすことが多い。私たちは部下を持っているが、同様に上司に従っている。また私たちは委員会の議長を務めることもあるけれど、そのほかのケースでは委員会のメンバーとして出席することが多い。

 ということは、フォロアーであることが私たちの人生と組織生活の過半を占めているにもかかわらず、私たちの思考においては、リーダーであることに価値を置き過ぎるという偏見にとらわれているために、フォロアーであることの意義と重要性を認識するのが難しい。