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近代の歴史は、業界を挙げていい加減な需要予測を行ったために重大な戦略ミスを犯した企業の、あるいは業界全体の失敗の物語で満ちあふれている。例をあげよう。
■1974年にアメリカの電力会社は、年7%ずつ需要が増大するという予測に基づいて、1980年代半ばまでに発電能力を倍加させる計画を立案した。このような予測が極めて重要なのは、会社は操業を開始する5~10年前に、新しい発電所の建設に着手しなければならないからである。ところが1975年~1985年の間に、実際の需要は2%ずつしか増加しなかった。多くの事業計画が延期されたり破棄されたりしたにもかかわらず、発電能力の過剰は、業界の資金状況を悪化させ、結果的に料金の値上げを招いてしまった。
■石油業界は、1980年と1981年に全世界で5000億ドルの投資を行ったが、それは石油価格が、1985年までに50%値上がりすると期待したからだった。この見通しは、石油市場が1979年の1日当たり5200万パレルから、1985年には6000万パーレルにまで拡大するという予測に基づいていた。ところが需要は1985年までに4600万パーレルに減退した。価格は下落し、ボーリング・生産・精製・出荷のために行われた投資は、多額の損失をこうむったのである。
■1983年と1984年に、67機種の新しいビジネス用パソコンがアメリカの市場に紹介され、ほとんどの企業は、これが爆発的に売れるものと期待した。ある業界の予測業者は、1988年までに設置台数が2700万台にまで達するだろうと予測し、また別の業者は、1987年までに2800万台になると予測していた。ところが、実際に1986年までに出荷されたのは、わずか1500万台にすぎなかった。そしてそのころには、すでに多くのメーカーがパソコン市場を放棄し、あるいはこの業界から完全撤退していたのである。
このような不正確な推定は、別に予測技術が不足していたために生じたわけではない。回帰分析、歴史的なトレンドの平滑法、その他の手法は、どの予測業者もお手のものだった。そのような技術的なことではなく、どの業者も共通していたのは、過去において需要を促進していた諸要素が、その後も変わらず存続するだろうという根本的に誤った仮定であった。どの会社も末端消費者の行動の変化を予見できなかったか、さもなければ市場飽和点がどこにあるのか理解できなかった。国内経済がいよいよ国際的となり、新しい技術が生まれて業界が進展するに従って、過去の歴史が必ずしも確かな指針にはなり得ないということを、だれも認識できなかったのだ。
このような様々な変化の結果として、マネジャーの多くは、伝統的な手法に不信感を抱くようになった。人によっては、予測に全く絶望して、しっかりした需要予測なしで事業計画を進めることもやむを得ないと考える始末だ。筆者はこれには同意できない。トータルな市場需要の背後にある社会的な力を深く理解することによって、将来の市場の諸条件及び需要の水準についての優れた洞察を得ることは可能なのだ。このような洞察こそが、ときとして戦略の成否を分ける鍵ともなる。
トータル市場の需要予測をしたからといって、必ずしも戦略は成功するとは限らない。しかし、予測がなければ投資やマーケティング支援やその他の資源配分に関する意思決定は、業界全体が求めていることについてのひそかな無意識の仮定に基づいて行われることになるだろうし、それは間違っていることが多いのだ。トータルな市場需要をきちんと測定できるかどうかによって、会社の運命は決定される。単にその過程を体験するだけでも、経営管理チームにとってのメリットは大きい。適当な回答や数字や標的を公表するのとは違って、チームは競争的な環境について改めて検討しなければならないからである。
トータル市場予測は、戦略策定のための第一歩にすぎない。予測が完了しても、計画過程は何も始まっていないのだ。
トータル市場予測には、すべて次の4つのステップがある。



