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コンピュータ利用の分散化は、渚に打ち寄せるうねりのように、ビジネスの世界を席捲しつつある。その進展は、止めようもないだろう。これには、いくつかの大きな理由があるからである。1つの重要な側面は経済性である。メインフレーム・コンピュータでは、ハードウエアの性能の基準となるmip(毎秒100万回の命令実行)当たりの平均コストは20万ドルにものぼる。パソコンではそのコストは約4000ドルにすぎない。ソフトウエアにも同じようなことがいえる。個人や小さなグループは、大きなチームよりも進捗が速く、費用もかけずにコンピュータのアプリケーションを開発できる。プログラミングにおける規模の不経済を避けるために、企業はソフトウエアの開発プロセスを分散しているのである。
経営戦略や経営組織上の要素もコンピュータ利用の分散化を推進する。遠くの顧客や仕入れ先と企業とを結ぶ情報システムは情報技術を競争上の武器として使ったかなり先駆的な利用法であり、厳しい中央制御下にある本社のコンピュータ設備の制約を受けるわけにはいかない。企業内でも自信に満ち能力も伴ったコンピュータのユーザーが出現したことによって、分散化に好都合となる有力な地盤がつくり出された。社員は自分たちのシステムを自分たちのやり方で一番都合のいいときに使いたいのである。
コンピュータ・パワーの導入によって、企業の本社から各部門、工場や個人のデスクトップに移ることは、コストの削減や競争力の創出、組織における創造力の活性化が行われる。しかし、同時にコンピュータ業務を担当している最高責任者に技術的並びに運営上の重大なジレンマをもたらすことになる。パソコンや部署ごとに開発されるソフトウエアのそれぞれの経済性を追求するとすれば、データを共有できない数多くの孤立したアプリケーション(私はこれを情報の孤島と名づけている)を生むことになるだろう。また、もし担当責任者がこうした情報の孤立化を避けることを重視して、分散化に歯止めをかけようとするならば、魅力的なビジネスのチャンスを失うばかりでなく、自分自身のためのシステムを開発しようと思っている社員ユーザからの突き上げを招くことになるだろう。
コンピュータ利用の分散化における担当責任者の冒す危険についての教訓的事例には事欠かない。例えば、ある芝刈り機のメーカーでコンピュータシステム担当責任者は2つの主要工場の製品注文の追跡と在庫についての情報システムを別々に開発させた。両工場ともIBMのシステム/36というスタンドアローンのミニコンピュータを使っていたが、2つの開発グループは、工場の業務手順に合わせた互換性のないプログラムをつくったのである。このことによって、CEOが定例的な出荷と在庫の総合的な報告を求めた場合に問題が生じた。情報担当責任者のスタッフは、各工場から別々にデータを集め、情報を手作業で集計しなくてはならなかった。各工場の個別的なニーズへの対応が、全社的なレベルでのデータ収集と分析に支障をきたしたのだ。
こういう問題は民間に限ったことではない。ある州政府の情報センターは、公共福祉や財務などの各部局に、各自別々のハードウエアを購入することを認め最も緊急に必要とされるアプリケーションを示すよう要請した。互換性の問題を解決するため、情報センターのソフトウエア技術者が標準仕様に従っていることを確認してプログラムを作成するのである。そのプログラムの作成が間に合わないために業を煮やしたユーザーは、コンピュータ販売会社からただのプログラムをせがんだり、ハードウエアの購入金額にオーソライズされていないソフトウエアの分を紛れ込ませて手に入れるようになった。結局、その政府では情報センターの中央コンピュータに入力できない何十ものデータベースやスプレッドシート(訳注:ビジネス向けの作業ができる汎用表計算ソフト)が生まれたのである。いまだにその混乱を収拾するには至っていない。
コンピュータのビジネス利用において、1980年代は情報担当最高責任者(CIO=chief information officer)の時代であった。どの会社でも経営戦略上の情報とデータ処理業務を統括し、社長に報告する役員を任命した。CIOとその部下は、莫大なハードウエア及びソフトウエアの予算の管理、戦略的なアプリケーションの設計、新規ユーザーの教育、並びに非常に大きなコンピュータのシステムの構築と運営に忙しかった。
私は1990年代は新しい種類の情報担当重役、つまりネットワークマネジャーの出現をみることになると考えている。ネットワークマネジャーは、多くの重要な点においてCIOとは異なった業務内容や優先事項を持つものである。ユーザー自身を首尾よくネットワークマネジャーに変身させなければ、コンピュータ利用の分散化によって常に引き起こされるユーザーの不満や組織上のいさかい、技術的障害に対応する能力が欠けるであろう。
CIOとネットワークマネジャーとの違いは何であろうか。ネットワークマネジャーは、加速化する分散化の世界の中では、社内のコンピュータという資源を監督する最も効率的なやり方とは、コントロールすることをやめ、その代わりにそれらを結び付けているネットワークに焦点を合わせることである、ということを理解している。ネットワークマネジャーは、単にコンピュータ利用の分散化が避けられないということを認めるだけではない。ハードウエア購入の権限やソフトウエア開発の主導権を利用者に与えることによってそれを奨励する一方で、コミュニケーションのシステムとその方針を掌握するのである。コミュニケーションの分野は組織内にハードウエアやソフトウエアが分散するにつれて複雑化し、ビジネスは顧客や仕入れ先とを結び付ける電子的ネットワークにより大きく依存する。
実務上はネットワークのマネジメントとはハードウエアの技術に関する評価が、純粋な処理能力ばかりでなく、テレコミュニーションの容量にも重点をおくようになるということである。つまり互いに異なるアキテクチャーで構成されている能力の違うワークステーション間でネットワークの保安性(セキュリティ)を保障し、かつ整合性のある、取り扱いが簡単なシステムレベルのソフトウエアツールを開発することである。また、ユーザが会社全体のネットワークを危うくすることなく自分のアプリケーションを自由に修正できるような全社レベルの接続性の基準を導入することである。一言でいうと自発的なコンピュータユーザーを導く技術的・組織的な基本ルールを用意することなのである。
現在までCIOは分散化した環境におけるコンピュータの利用をいくつかの明確な方針で運営してきた(「コンピュータ利用の分散化の四段階」の図参照)。この枠組みの理論はとても簡単である。CIOは3つのレベルで集中/分散についての選択を行う。図の3次元はこの3つの選択に対応している。X軸は、会社がハードウエアを工場や事務所に普及させている程度を示している。Y軸は新しいアプリケーションの作成やソフトウエアの更新などの開発上の機能の分散の度合いである。Z軸は情報システムに関する意思決定の権限がどこに所在するかを示すものである(例えばハードウエアの購入をだれが承認するかとか、どんなアプリケーションを開発するかをだれが決定するかといったこと)。



