苦境に立つ中堅家電メーカー

 マイアーソン・インダストリー社では、今年の夏は日光浴をしながら休養をとる、といったムードではなかった。コーヒーメーカー、ミキサー、ブレンダー、トースター、加湿機などの小型家電メーカーとして知られるマイアーソン社の売上高は、3年連続して3億5000万ドル前後で止まっていた。加えて経常利益が10%の大台を割ったのは、関係者の記憶にあるかぎりでは、今年度が初めてであった。

 この事実は、マイアーソン社が家電業界の競争激化で、苦境に立たされていることを示していた。比較的大手のメーカー(その多くは多角経営企業の子会社)は、マイアーソン社より多品種の製品を、一層安い価格で提供し、量販のディスカウンターと連携して、その地位を固めていた。一方、いくつかの新興企業は、先端的で高価な電子機器を製品化して、都会の若者消費者市場を勝ち取ると同時に、マイアーソン社の定評あるブランドに、ややダサイイメージを与えるに至った。

 マイアーソン社にはむろん、強みがないわけではなかった。数多くの一流デパートとの長年の信頼関係、中年以上の消費者層のゆるぎない評判などがそれである。加えて、同社の経営陣は問題なく有能で、製品デザイナーグループは抜群の才能の持ち主であった。マイアーソン社の経営スタイルは、アメリカの家電業界きっての積極型とはいえなかったものの、最も堅実な企業の1つとみなされていた。

 経営陣はかねてから、同社を成長路線に復帰させるため、一連の計画を進めてきた。第1は、他社製品の性能をしのぐ革新的なフード・プロセッサーとオーブン・トースター、及び住宅保安システムの開発による製品ラインの拡充であった。同社はこれまで5年近くもの間、新製品開発研究所をなおざりにしてきた。同社の創立者の息子で親譲りの技術者タイプのレオ・マイアーソン・ジュニアが、トップの座を降りて以来、そのような状態が続いていた。その遅れを取り戻すべく、1988年度の業務予算では、研究開発費を3倍に増やした。

 同時にマイアーソン社は、新進気鋭のニューヨークの広告代理店と契約を結び、売れ筋の製品のデザインとイメージに、新風を吹き込もうとした。同代理店が提案した方法は、主力製品であるコーヒーメーカーの王座を奪回し、新製品オーブントースターの展開を図るために、大がかりな全国キャンペーンを張ることだった。

 マイアーソン社の首脳陣としては、このような戦略が配当に反映されるまでには、数年間かかると当初から見ていた。しかし昨年10月の株式市場の大暴落は予測していなかった。それは、同社が以上の計画に要する資金を調達するために、新株を発行してから8カ月後に起きたのだった。同社の株価は1年前には24ドルで取引されていたが、現在では約15ドルに下がってしまった。発行株式の70%が上場されている同社としては、乗っ取りの標的となる危険にさらされているようだった。

 マイアーソン社は第二次大戦直後に、レオ・マイアーソンが、小型ポップアップトースターを発明したのを契機に創立された。以来、同社は社員の結束を固め、断固として独立性を堅持してきた。従って、乗っ取りの危険が迫っていると聞いただけで、社内を一斉に戦慄が走った。対外的には、マイアーソン社の工場と本社を中心に繁栄してきたオハイオ州レイクサイドの地域経済をおびやかす恐れがあった。

 ところで、マイアーソン社がこのように、乗っ取りを懸念するのは、それなりの根拠があった。1つは、去る4月、フランス最大の電機メーカーであるレミュー社が、アメリカのキッチン・イーズ社の株式を5%取得したと発表したことだった。同社は、ハイセンスのコーヒーミルとカプチーノマシンをアメリカ市場でヒットさせたことで知られる。キッチン・イーズ社の株式を取得する際に、レミュー社は相手方の経営陣に対して、敵対的な買収をするつもりはないと確約した。しかし同時に、"相互に有利なビジネスチャンス"について話し合いたいと要請したことをマイアーソン社は知った。

 さらにその1カ月後、ある日本企業が、ミキサーやブレンダーを製造するミシガン州の小企業を多額のプレミアムで買収し、多くのアナリストを驚かせた。その後間もなく、金融専門紙はこぞって、小規模な家電業界は、数多くの過去のケースと同様に、統合化の時期にきていると書きたてた。このような動きについて、業界のバイブル"アプリアンス・ウィーク"(Appliance Week)は1988年は"綱渡りの年になる"とずばり警告した。

 マイアーソン社の取締役たちはこれらの警告を真剣に受け止め、6月初めに取締役会の決定により委員会が設置された。4名の委員から成る委員会に課せられた役割は、今後どのような選択ができるかを研究し、会社がとるべき行動について提言することだった。