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サウジアラビアが、アラムコの石油資産を自国が新設した国営機関に接収したときのことを記憶しているだろうか。あるいはまたチリのアレンデ政権が、ケネコットとアナコンダの銅利権を国有化したときのことを覚えているか。これらの動きは、1970年代に第三世界が採った外国直接投資に対する一連の制限的政策の潮流のなかで見られた事例である。
投資家はこうした政策を、受入国側政府の予測不能性と非合理性の証と見なし、失望のうちに自分たちの利権を断念し、資本を別の所に向けることになった。第三世界諸国の側は、多国籍企業が自分たちを搾取していると非難することにより、自国の行動を擁護しようとした。
こうした非難の応酬は、こんにちにおいても根強く残ってはいるが、第三世界向け外国投資の新しい潮流の到来は目前に迫っている。これはなにゆえか。多くの人びとが考えていたのとは逆に、1970年代の投資引き揚げは、悪意によるのではなく、経済的要因によるものであった。こんにちでは、こうした経済的要因は変化しており、第三世界諸国もこれに対応する方向で政策を転換しつつある。その結果、投資家がこの新しい機会をとらえるべく動き出すのはまさに時間の問題となっているのである。
1970年に、外国直接投資は第三世界への総民間資本流入の半分以上を占めていたが、1985年にはその比率は20%以下にまで落ち込んだ。最近のデータによると、1986年には外国直接投資は125億ドルに達し、再び第三世界諸国への民間資本流入の半分近い水準にまで回復している。外国投資家による資本のウエイトがこのように急激に変化したのは、2つの事実を反映している。つまり1つには、外国直接投資の絶対額が一定水準の増加を見せていることであり、そしてさらに重要なのは、それに代わる民間資本源、なかでも商業銀行による融資が縮小していることである。
外国直接投資額は、1983~1985年の年間平均額は100億ドルに比べて、1986年には125億ドルに増加している。そして、この増加傾向は今後さらに加速される可能性が高い。事実、今世紀末までに年間平均外国直接投資流入額が200億ドルの大台に乗ることも十分考えられる。他の公的ないし民間の予測もこの主張を裏づけている。例えば世界銀行の1987年6月発表の世界開発報告では、1995年までの外国直接投資を年平均約170億ドルと予測している。
机上の空論でなく現実を見よ
一方で搾取を責め、他方で非合理性を非難するのは、個人や企業、あるいは国家さえも超えるもっと大きな力に突き動かされた行動を正当化するために使われるたんなる修辞にすぎない。筆者たちは、こうした正当化のための行動と現実を弁別し、1970年代の投資引き揚げをもたらした真の原因である経済要因を識別する必要がある。非難の言葉と現実との違いを明確化するため、筆者たちは、1970年代の金属および鉱業部門に関して、分析を試みてみる。
第三世界諸国は自国の再生不能資源を、その供給が枯渇したあとも引き続き自国経済に資するような確実な形で活用したいという強力かつ明白な誘因をもっている。このため受入国側政府は、民間鉱業会社との取引についてはきわめて慎重である。1970年代におけるこれらの政府の鉱業部門に対する行動が経済的観点から見て健全なものであったとすれば、他の部門に関する扱いも同様に経済的に合理的なものであったと判断するのは十分根拠のあることである。
外国投資家は、はたして第三世界を搾取していたのであろうか。受入国が、多国籍企業は自国を利用していると非難するとき、彼らはその理由として、その国でのプロジェクトに関して多国籍企業が要求する収益率の高さと僥倖利益(windfall profit)を指摘する。だが、この非難を支持するのは難しい。例えば高い収益率を見てみよう。投資家が要求する収益率は、その事業のリスクによって決まる。そしてリスクの程度は、一部は客観的データに基づき、一部には投資家の主観的な認識に基づいて決まる。
1970年代を通じて多国籍企業は、第三世界向け投資は先進国向けに比べてリスクが高いと判断していた。彼らは、発展途上国の経済および政治体制は安定性に劣り、したがって予測困難と見なしていた。このため高い投資リスクを補償するように、本国におけるよりも高い収益率を提示したのである。
別の角度から見てみよう。提示収益率は受入国の資本コストと考えることができ、これは自由市場で決定される。そしてどのような投資家も、第三世界のリスクが低いと判断すれば、たとえ低い収益率しか期待できなくても、プロジェクトに喜んで投資したことであろう。韓国がその好例である。韓国がうまく運営されていることは多くの投資家の認めるところであり、その資本コストは一貫して他の多くの第三世界諸国に比べて低い。



