起業家精神がアメリカの弱点に

 ロナルド・レーガンのホワイトハウスからフランスの社会主義中道派に至るまで、また民主党リベラル派の演説まで、米国の技術に関して、1つの仮説が長いあいだ信じられてきた。米国の強さの核には、シリコン・バレーをはじめ起業家精神(アントルプルヌールシップ)の数々の中心地における起業家文化があるというものである。しかし1980年代後半には、米国の競争力の要である起業家精神の担い手たちは、深刻な危機に直面するに至った。シリコン・バレーの指導者たち自身から異議の声が上がりはじめ、起業家文化は強みであるどころか、米国産業が日本と競争する際の重大な弱みになっていると主張されるようになったのである。

 インテル社のゴードン・ムーア会長は、パロアルト市のベンチャー資本の中心地サンドヒル・ロードのベンチャー・キャピタル融資家を"ハゲワシのごとき資本家ども"と非難している。インテル社のアンドリュー・グローブ社長は、インテル社に脅威を与えているのは日本もウォールストリートも同じだとつけ加えている。グローブ社長は、米国のハゲワシとヘッドハンターどもが自社の最も優秀な人たちを食い物にしただけではなく、株式市場がインテル社を飛び出した人たちの奇跡と夢をインテル社自体の現実の活動と成果の価値の何倍にも評価してしまったことが何度もあると述べている。

 データクェスト社主催のコンファランスでのある記念すべき論戦のなかで、アドバンスト・マイクロ・デバイス社のジェリー・サンダース社長は、ナショナル・セミコンダクター社のかつての指導者の1人で、現在は指導的なベンチャー・キャピタリストであるピエール・ラモンドと対決した。サンダースは次のように非難した。「あなたはわが社の最もすぐれた人材をサイプレス社に引き抜き、昨年、彼らは売上高を1,400万ドルにし、300万ドル上乗せした。高速スタティックRAMでだ。大きな商売だ。スタティックRAMが重要なイノベーションでないことは確かだ(インテル社は1972年にスタティックRAMを出荷している)。だがそこまではいいとしよう。問題は、彼らが次に何をしようとしいるかだ。彼らは、一点集中型で成功した。しかしこうした小規模企業はすべて大きくなりたいと考えるが、大きくなることは一点集中型でなくなるということだ。売上げが最初の5,000万ドルを超えると、確実に難しさが増してくる。大きな野望をニッチ製品で埋めることはできない。これまでのところ、これらの企業は何ら意義のある貢献をすることなく、ただ大企業からかすめ取ってきただけだ」。

 ラモンドはサンダースたちの非難を、自分たちが天下をとったとたんに地球がまわるのをとめようとする老人たちのたわいのない繰り言として一笑に付そうとした。それは、現代の若い起業家たちからの当然の反応である。しかし1980年代後半、マーケット・シェアにおける日本の破竹の進撃を前にしてマイクロチップ産業は死屍累々の状況にあるが、このような状況のまっただなかで安易な答えは論点を避けるだけである。

 シリコンバレーの中心的企業のリーダーたちは、深刻なメッセージを発していた。それは、将来は成功するかどうかは、協調と安価な資本、計画と政治面での理解、終身雇用と政府の研究に左右されるであろうというものであった。起業家たちにとっては、それはあたかもジョリアス・アービングがマイケル・ジョーダンに近づき、ジャンプしないことを学ばなければ、君のバスケット・ボール生命は終わりだとおごそかに伝えるのに似ている。"慢性的起業家主義"(ハーバードのロバート・ライヒの造語)で弱体化し、理論だけが普及し、多くの半導体企業が破滅に瀕している。「日本企業は、米国企業を次々に組織的・計画的に破滅させている」とグローブは非難している。「われわれは自動車破壊競技を演じており、なかには死んでいくものもある」。

 シリコンバレーの長老たちにとっては、救いの道は米国政府の介入による半導体産業の再生と援助である。彼らのアイデアは、業界と政府が半々ずつ出資してつくられた半導体生産の研究開発コンソーシアムであるセマテックとして実を結んだ。セマテックは非商業ベースの国防省の調達順位を優先することや、人員需要によって現実にダメージを受けている米国の製造業者を助けることはできるだろうが、この産業政策の考え方は進歩派の指導的学者たちが正しいことを証明しているように思われた。ライヒやMITのレスター・サロー、バークレー大学のチャルマース・ジョンソンなどの有力な学者は、戦争に向けられたものか平和に向けられたものかを問わずに、政府はほとんど常に新しい技術の喚起、開発、資金援助に指導的な役割を果たせと主張し続けている。起業家たちはニッチ製品の供給者あるいは大企業の下請業者として最もすぐれた役割を果たすことができる。

 政府事業が衰退する一方で、しだいに力を増す大波となって前進するシリコンバレーの成功を前にして、彼らの議論は信頼を失ったように思われた。しかし1980年代後半には、より精緻な分析を進める学派が形成され、この議論を補強することになる――そのなかでもっとも傑出しているのはMITの若い学者チャールズ・ファーガソンであり、彼はアメリカのマイクロエレクトロニクスの不吉の予言者として頭角を現わしてきた。

 ファーガソンはIBMやLSIロジック社の元コンサルタントであり、コンピュータ産業組織や半導体産業の知識に精通している。アメリカの起業家に対する彼の反論は、確信と権威に満ち満ちている。彼の結論はきびしく明快である。グローブやサンダース、ナショナル・セミコンダクター社のチャールズ・スポーク社長に相呼応してファーガソンは、緊急かつ決定的な政府の行動がなければ、アメリカの半導体生産者は世界市場での競争に勝つことはできないと主張している。米国の半導体企業は消滅し、米国の生産は減少して、IBMやAT&Tその他大企業の少数の特定工場での自社用生産だけに限定されることになるであろう。半導体は先端的なコンピュータやテレコム(遠隔通信)、国防技術の心臓部をつくるものであり、したがって米国のマイクロエレクトロニクスの失敗は、アメリカ経済を弱体化させ国家の安全を脅かすことになる。

スタートアップ企業の末路

 ファーガソンは、皮肉ではあるが鋭い眼をもって、アメリカの情報産業のある典型的なスタートアップ(操業開始)企業のライフサイクルを次のように描いている。このスタートアップ企業は大企業からの離脱で始まる。数人がまとまって(エンジニアや経営管理者、マーケティング専門家を含む)集団で離脱することが多いが、それは彼らの雇用主が提供し得るよりもはるかに大きな富への期待に魅せられた結果である。彼らは、サンド・ヒル・ロードから2,000万ドルにのぼる投資を引き出す。そしてリースで設備やオフィス・スペース、時には工場さえも調達する。さらに他企業からエンジニアや労働者を雇用する。

 彼らは、情熱的な努力と献身をもって新しい製品――CADシステム、不揮発性メモリー、特殊用途チップ、ハードディスク装置など――を世に送り出すが、こうした製品は彼らのかつての雇用主のもとでやっていた仕事に基礎があり、そこの製品ラインと競合する。彼らの離脱によって力を弱められた大企業は、迅速に対応することができない。新しい製品は当該市場で他のどの品よりも性能がすぐれており、大量の注文を喚起するが、スタートアップ企業はその注文を満たすことはできない。