生来、私が無精なたちであったからこそ、必然的に経営者の方々の仕事の組織化と時間計画の設定の手助けを本業とする会社の社長を務めることになったように思う。

 いまはもう社長ではないが、私が社長であった40年のあいだにタイム・マネジメントは、エグゼクティブがそのエネルギーを最も重要な業務に集中するためのテクニックとして、一般に知られるまでになった。ヒューレット・パッカード社、AT&T社、マリオット社、ゼロックス社、そのほか多くの企業が社員、特に監督職に昇進する人を対象にタイム・マネジメントについての教育を行なっている。その理由はきわめて簡単だ。責任が大きくなればなるほどその人の時間は貴重になり、適切な時間配分がますます難しくなるからである。

 タイム・マネジメントの考え方は広く受け入れられていて、いろいろな場面に登場する。漫画の世界では、キャシーが自分の生活を秩序づけるためにこの考えを利用している。マドンナの最新の映画では、彼女の求婚者が日記を溝に投げすてる行為で、なりゆきまかせライフスタイルに変えるという決心を表わしている。また、マネー誌では、あまり忙しくない人が非常に忙しく見せる方法として、タイム・マネジメントの技法を取り上げている。

 この考えは、歴史的にも古い時代にさかのぼる。シャルルマーニュ大帝は、すじめのついたローソクを使って、神聖ローマ大帝のさまざまな仕事の時間配分をしていたようである。ナポレオンは、書信到着後6ヵ月間は習慣として返事を出さないことにしていたが、手紙で示された問題は、無視しても、自然に消滅していくものと仮定していたからである。このようにして彼は莫大な時間を節約し、部下の問題解決にあたった。

 ラベンタール&ホーワースの管理者啓発担当理事であるスチュワート・スミス氏が最近私に次のように話してくれた。

「タイム・マネジメントは統計学に少し似たところがある。統計学は必要なものであり、役に立つものであるが、それは使う目的と適切に関連づけることができたときだけである。私は統計学を教えるなかで、関連性をうまく説明したときに、学生たちが退屈でなくなっていることを知っている。

 このような理由から、われわれはタイム・マネジメントを訓練体系に取り入れてはいるが、独立した科目として組み入れたのではなく、マネジメント・スキルの課程に組み込んでいる。こうすることによって、目標達成や、プライオリティーの設定とのかかわりが生まれてくるのだ」。

 エグゼクティブで、その関連性が見つけられなかったためにタイム・マネジメントを軽視できる人がいるだろうか。もし、目標達成やプライオリティーの設定が管理者の仕事であるなら(これを否定する人がいるだろうか)、その関連性はあきらかである。つまり、ある人の時間が貴重であればあるほど、時間を使うにあたっては、より注意深い吟味が必要となるのである。

 どのように時間を使っているかを質問されて、それに答えられるエグゼクティブは非常に少ないだろう。ほとんどのエグゼクティブは自分がこれから何をすべきか知っており、ある特定の仕事に関しては時間配分までしているかもしれない。しかし、それは時間をうまく使っていることと同じではないのだ。

 私はここで次のような推論を下してみた。ほとんどの人は、自分の時間がどれだけの価値をもっているか知らないと思う。きわめて簡単なことであるが年間収入にその40%程度を優待給付および福利厚生費として加算し、その合計額を2000時間(あるいは何時間としてもよいが)で割り算すると時間当たりの価値が求められる。表は、エグゼクティブの時間当たりの価値――あるいは少なくとも値段――を示している。大きな金額になることがわかれば、つまらない仕事はやめて会社の経営に専念しなければ、と思い始める経営者もいるだろう。