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1978年、再構築という言葉がまだ重役会の日常語とならないころ、ジュエル社は、そのターン・スタイルという安売りのデパートメント・ストア事業を、メイ・デパートメント・ストア会社に売却した。しかし、メイはシカゴ市外にあるターン・スタイルの店舗の多くをすぐには利用できなかったので、ジュエルは、それらの店を閉鎖することにした。これは、ほぼ3000人に近い正規従業員とパートタイマーたちが、もはや必要とされないことを意味した。われわれジュエルのマネジメントは、管理者の転職プログラムはどうすべきかわかっていたが、時間給労働者のために、どんなことをすればよいかわからなかった。残留する人たちのモラールはもとより、退職しようとしている人たちの生活が心配で、われわれは新しいことを試みた。かつてジュエルの人材担当管理者としてその道に経験が豊かで早期に退職していた人を、コンサルタントとして招いた。彼の指示は簡単だった。パートタイマーも含めて、解雇される者で支援を必要とする者すべてを支援せよ、であった。このコンサルタントは、少人数を率いて、まさしくそのとおりのことをやりおおせたのである。
それから10年経過し、事業閉鎖が日常茶飯事となった現在、私はかつての人員整理の結末を思い出す。ジュエルの社長も私も、退職をよぎなくされた1000人余の人たちから、ただの1つの苦情もいわれなかった。むしろ、わが社の支援に対し多くの人が感謝の言葉を述べた。その時の経験から、現在のいわゆる再構築がもたらす影響の人間的側面に特別の興味をいだくようになった。
とくに製造業においては顕著であるが、世界的規模の競争が、何百万人もの米国人にとって、就業機会というものの性格を変えてしまった。乗っ取りや乗っ取りの脅威がさらにあと何百万人かの職を減少させた。再構築、間接費削減、かんばん方式生産、高品質でかつ長寿命の製品、コンピュータやロボットなど、こうした現代の時の流れがすべて労務費を削減し、職場を奪っている。会社のために一生懸命働きながら、経済の転換の犠牲となり、人生を破壊されていく人が大勢いる。
このような情勢変化のスピードの速さに驚きつつも、私の知るほとんどのCEO(最高経営責任者)は、今日の経済の冷酷な現実に直面して、思いやりの心を示そうと努力している。彼らは、重役会や従業員や世間に向かって、どんな処置をとらざるをえないか説明したあと、家に帰って家族にこういうのである。
……会社は、けっして贅肉がついていたわけではないのだが、今の競争下ではどうしても、もっと身軽にならざるをえないのだ。
……残る者が生き延びるためには、何人かの人間を整理せざるをえない。
……どんな手を打つにせよ、整理される人たちについては可能なかぎりの世話と配慮をしたい。
最初の2つの弁解は多分に真実味があるが、3番めの言葉は希望的観測ではないかと懸念する。一部の批評家がなんといおうと、企業トップは、低賃金地域に職場が移動する流れをとめることはできない。もっとも自社内での流れはとめられるが、それは自社の危険を覚悟のうえでやるしかない。しかし、彼らにできることは、成長戦略と上級役員の給与に対し示すのと同じ配慮と熱意をもって、人員整理に対処することである。整理される人たちは面倒を見てもらって当然だから、この問題はいき届いた配慮が必要である。
たいした想像力を働かせなくても、整理される人と同じ気持ちになることはできるだろう。例えば、50歳のサウス・シカゴ出身鉄鋼労働者であるとか、45歳のミシガン在住フライス盤工であるとか、新しく統制撤廃の対象となった40歳の公益企業料金専門家であるとしよう。
ある日突然気がついてみると、自分の労働スキルは時代遅れとなったか、またはあまりにも専門化しており、それに対する需要も限られている。



