あるときエンパイア・ステート・ビルディングの89階で1人の男が働いていた。8月のむしむしする日、彼は、いま顔に風があたったら、なんと気持ちがよいだろうと想像し始めた。そして窓を開けたとき、顔を下にして窓から飛びおりるだけで、世界中で最もすばらしい風を顔にあてることができることに突然、気づいたのである。しかしながら、彼が歩道に到達するころ、彼はその顔にあたる風のために何と高い代価を払っているか、ということも理解したのである。

 私はマーケティングを行なってきた経験から、アメリカの消費財のブランド商品の主要メーカーや小売業者が、値下げプロモーションを行なって、短期的に売上高を伸ばすということにあまりにも依存して、顔にあたる架空の風を選ぶことを目撃してきた。これらの企業は、この風を得るスリルのために歴史的に、たいへん高い価格を支払ってきたのである。すなわち、長期にわたってフル・プライス(訳注:Full Price、最初につけた価格どおり)でものを売って、フル・マージン(同:最初につけた価格から得られる利益)をとるビジネスをダメにするということである。

 値下げプロモーションを過剰に利用したために、例えば百貨店では現在、フル・プライス、フル・マージンによる売上高は、全体の売上高の半分以下となっている。これが10年まえであったならば、80%はフル・プライスによる売上高が占めていた。このような状況に導いたのは、百貨店があまりにも多く存在しすぎて、それぞれの百貨店が、1平方フィート当たりの売上高で、ある程度しかあげられなくなったからである。下のマーケットはディスカウンターにおかされ、上のマーケットは専門店におかされたために、百貨店のマネジャーたちは生き残るためにプロモーションが必要だと確信しているのである。さらに小売業者はよいことをやりすぎるという旧来の傾向をもちつづけており、今日では値下げプロモーションというよいものはうまくいく、とすべての人びとが知っているのである。

 しかし、百貨店は間違っていた。百貨店はプロモーションをやりすぎた。ほとんどの買物客は、フル・プライスでは日常買わないという状況にまでなったのである。買物客はセール(訳注:特売)を待つようになったのだ。

 プロモーションは、あまりやりすぎると、消費者が値引き価格できわめて多くの商品を買い込み、通常のフル・プライス・ビジネスに打撃を与える過剰プロモーションになるのである。消費者にとってフル・プライスで買うよりも、次のセールを待つほうがよいということになるのである。もちろん、ある程度のプロモーションは必要である。客数を増やすためにも、あるいは特に新製品の場合もそうであるが、消費者に商品を試しに買わせるためにも必要である。

 しかしながら、最も成功している商品ラインを見ると、プロモーションは1年にたった1回、あるいは多くても2回しかやっていない。

 メーカーが商品をどこに売っているかという販売構造が、小売業者が行なうプロモーションに対してメーカーがコントロールできるかどうかに直接影響を与える。もしもメーカーが数多くの相手に商品を売っている場合には、販売先に対するコントロールがほとんどできず、価格のプロモーションに対するコントロールができないということになるのである。もしも選択した相手に商品を売っている場合は、販売先が過剰なプロモーションを行なわないようにさせることができるのである。最後に、もしも独占的な販売先をもっている場合――例えば、スチュベン・グラス社(Steuben Glass)社では、1つの市に1店舗の販売先しかもっていない――では、販売価格とプロモーションの両方を十分にコントロールすることが可能である。

 ここでいいたいことは、もしもメーカーが販売先を選ばなければ、価格に対するコントロール力を失ってしまうということである。

 もしもあなたが次のような警告のベルを聞き始めたら、あなたはプロモーションをやりすぎているのである。最初のベルは、お客が買うまえに、ある商品がいつセールになるかとキャッシャーに問い始めたときに鳴るのである。次のベルは、プロモーションの後で分析してみて、売上高も利益も増大していないことがわかったときに鳴り始める。そして最後のベルは、ちょうど会社破産法第11条の適用のまえに鳴るのである。

 このとき、あなたの売上高はセールを行なったときにのみ得られる状況になっている。