その1日は、やっと自分ひとりでオフィスで仕事ができると感じられるような、めずらしく静かな朝からはじまった。前夜には、ニューヨーク・メッツがワールド・シリーズを勝ちとり、オフィスの大部分の人たちは、通りひとつ隔てたバーで夜遅くまで勝利を祝っていた。私もメッツのファンではあるけれども、オフィスの仲間たちは、ウエイトレスが奴隷のような衣裳をつけ、数少ない女性客が"若い牝牛"とサインのでている女性用トイレにいこうものなら、多くの男性客の好奇の眼のえじきにさらされることになるバーに行くのが好きなのだが、私は夫といっしょに家のテレビでゲームを観た。そのため、この朝は二夜酔いに悩まされずにすんだ。

 私がお早うというまもなく、彼女は自分が誰とベッドへいった、なぜベッドへいったかについて、会社がどうして首をつっ込んでくるのか知りたいと激しく私に迫ってきた。

 したがって、ちょっぴりきざにいえば、私はこの朝はかなりさわやかな気分であった。そのとき、わが社のトライトン社でセールス・マネジャーをやっているルス・リンスキーが、私の秘書をすり抜けて、私のオフィスへ駆けこんできた。私がお早うというまもなく、彼女は、自分が誰とベッドへいった、なぜベッドへいったかについて、会社がどうして首をつっ込んでくるのかを知りたいと激しく私に迫ってきた。私は、彼女が何をいっているのかよくわからなかったけれども、なにか深刻な事態であることはすぐ理解できた。実際のところ、彼女はいまにも泣きだしそうなところまできていた。しかし、彼女が自己のコントロールを失うタイプではないことは、私にはわかっていた。

 ルスは、わが社に過去3年間働いており、われわれ全員、彼女が常識豊かで、知性的な女性であると評価してきていた。彼女は、ビジネス・スクール時代にクラスのトップを占め、彼女の卒業まえにわが社に採用しようと強く働きかけたけれども、わが社には入社せず2年ほど他社にいっていた。わが社に入社後は、彼女はセールス部門の最優秀の人材の1人であることを証明してきたし、ここで彼女を失いたくないと私は判断した。彼女は、私が彼女にともかく椅子に座るようにすすめるまで、あまり意味をなさないことをわめきながら、私のオフィスのなかを歩きまわっていた。

「この会社には、もう我慢できないわ。とくに女性の扱い方に我慢ならないのよ」と彼女はわめきちらした。

 私は、彼女にあと1~2分ほどいいたいことをいわせたあと、彼女をなだめることにとりかかった。

「ねえ、ルス。何かあなたの気持ちを動転させていることはわかるけれど、いったい何が起こっているのかを知りたいわ。そうしないと、私はあなたに助力することもできないし」と発言した。

「バーバラ、気持ちを動転させているどころではないのよ。私は本当に怒っているの。私はトライトンに入ったのも、この会社では昇進のチャンスがかなり高いだろうと考えたからよ。でも、マーケティング部門のディレクターの職を私が逃がして、ディック・サイモンがとったということを知ったわ。あなたの知ってのとおり、私はこの会社で過去3年間、すばらしい業績をあげてきたし、私の業績評価も優秀といわれてきたわ。もう1つ、この職位に私がかなり有力候補だということも信じていいと聞かされたわ」と彼女はいった。

「信じていいと聞かされた、というのはどういう意味なの」

「スティーブが、マーケティングのディレクター職に誰か人材を探しているといううわさを聞いてきて、私の名前も候補者として入れておくように助言してくれたの。彼は、私が彼とフォージ・テクトロニクス社でいっしょに働いているときから私の仕事ぶりは知っているし、私をその職に推薦する手紙を書いてもいいといってくれたの。でもスティーブがこのうわさを私に耳うちしてくれなかったら、会社がその職に誰かを探していることも知らずにすぎていたわけね」と彼女はいった。