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人工知能(AI)によって今にも仕事のしかたが変わるようにいう人もいる。すぐにも"利口な"コンピュータ・プログラムが、医者や弁護士、工場労働者やマネジャーにとってかわるだろうという声を聞く。そのような誇張とも思える声を聞くと、時流に乗り遅れないように急ぐべきか、あるいは全事業を放棄してしまうべきか判断に迷う。
たしかに、AIは研究室から出てビジネス、産業、専門的な応用分野へと動きつつある。しかし、一部の人たちが求めているような過大な要求に応えられるのは、まだまだ遠い先のことである。AIが大企業の日常業務に統合されるためには、ロボット弁護士(あるいは医者、会計士、その他いずれ生身の人間を必要としなくなるもろもろの専門家)の夢よりも、さらに精緻であることが要求される。
一見"明白な"ようにみえる多くのAI応用分野は、これまでのところ実現しそうもない。しかしその一方で、はっきりしていないために見落とされがちであるが、非常に有効で即効性のある応用分野もある。
こうした応用分野を明らかにし、大組織でAIを展開する場合の特有の問題を認識することが、この新しい技術の真の可能性を理解するカギである。
知識の利用
AI利用における混乱の多くは、われわれ自身の"知能"についての、まことに曖昧な信仰から発生している。この信仰は、強さや速力といった概念と類似した多目的な知的力という概念に強く根ざしている(このことは、ジャーナリズムがAIを話題にするときには、"スーパーコンピュータ"の技術についてもAIと同じように報道していることの1つの理由である。実際には、この2つの分野は、ほとんど共通性をもっていないが)。
現在のAI技術は、特定の課題に要求される計算処理能力よりも、その課題に必要な特有の知識により強い力点をおいている。したがってチェスのAIプログラムは、せいぜいゲームのルールだけを搭載した非常に高速の処理装置ではなく、チェス特有の動きや状況についての詳細な知識の膨大な蓄積に依存することになる。
プログラマーはどのようにして、この知識を理解、把握し、コンピュータ用の記号に変換することができるのだろうか。チックタックトウ(三目並べ遊び)のように非常にシンプルな課題の場合を考えてみよう。1つの方法は、すべての状況とそれに応じた最適の動きをリストアップしておき、機械がこのリスト上の最適の動きを参照しながら、各ステップごとにとるべき動きを判断できるようにすることである。もう1つの方法を使えば、起こりうる状況の数は非常に少ないから、プログラムは各ステップごとに論理的に可能な動きをすべて発生させて、そのなかから最適なもの(可能な対応をすべて発生させることを要求する一連のコース)を選択することも可能である。しかし、チェスなどのように課題が複雑になると、どちらの方法も難しくなる。このような場合のAIシステムは、すべての状況ごとの対応――その数は常に膨大である――と、一般原則――特定状況への適用は非常に不明確である――とのあいだに、何らかの妥協を見いだす知識を表現していなければならない(かこみ部分の"ルールベース・システム"は多くのAI応用分野において知識がどのように表現されているか、その一般的な方法を説明したものである)。
ルールベース・システム
現在のAI適用業務において知識を表現するために、もっともよく使われる方法は、ルールベース・システムすなわち"エキスパート"システム技術である。この技術は、1970年代初期にスタンフォード大学で開発された伝染病診断・治療計画用のMYCINシステムで初めて紹介された。ルールベース・システムにおいては、知識は、個々の独立した状況=行動ルールの集合として表現される。このルールの1つひとつは、特定の状況分類に関する唯一の推論、行動あるいは偶発事項への対処を表現する。例えば医療診断システムを例にとれば、そのルールは次のようになる。
もし 患者の血圧が低下していれば
そして 外傷がなければ
それならば 内出血の疑いがある
このようなルールのそれぞれは、ある複雑な状況に関する小数の属性間の唯一の依存関係を表現する。これが主眼となっているために、それぞれのルールはまったく明快であり、理解が容易である。しかしこのようなルールの集合は、ルール・インタプリターとして知られているような非常に簡単なプログラムで体系的に応用される場合には驚くほど複雑な動きをつくり出す。さらに、それぞれのルールは、さまざまな異なった方法で使うことができる。あるタイプの状況下においては、どのような行動をとるべきかを示唆するだけでなく、当該システムで、何がある種のことを引き起こすのかを決定するために"遡って"推論することを可能にする。例えば、上記の論理系列は、"何があなたに内出血を疑わせる原因が"という質問に答えるために使うことができるだろう。最後に、所与の問題を解決するために使ったルールについて記録をとっておけば、システムの行動あるいは結論について、すぐに簡単な説明や根拠の追究が可能になる。
これら知識ベース・システムについて商業的にアピールされる主な点は、従来のプログラムでは記述するのが難しい行動のプログラムに活用できるということにおかれている。とくにルールベースの技術は、医者やエンジニアなどの専門家が日常行なう多くの診断に際しての判断を記述するのに適していると考えられる。このような判断は、表や機械的手順で完全に表現するのは困難である。しかし、第一原理にもとづく分析ではなく、状況=行動ルールで記述される経験則の集積を応用すれば可能になるだろう。
知識ベースの技法を使ってある課題を完全に記述し、自動処理することは不可能であるかもしれない。しかし、その開発のプロセスと何らかの部分的な解決には、大きな価値がある。
コンピュータ技術は精緻さと詳細さを必要とする。重要な課題の遂行に必要な知識についての精緻で詳細な記述は、それ自身それだけで大きな価値を有する。実際に課題を遂行している人だけが課題遂行に必要な知識を正確に知っていることが多いかもしれない。とはいえ、そうした人たちは、自らが知っていることを考察したり、明確に表現することはほとんどない。したがってAI技術が必要とする知識を体系的に記述した結果、驚くほどのギャップと矛盾が明らかになることがある。それはそれとして、知識の体系的記述それ自体は、1つの組織体における膨大な経験を蒸留して得られた貴重な成果である。こうした記述によって実体のない資産のある部分を把握しておけば、人の異動があっても維持、保存が可能であるし、また組織全体での共有、体系的な拡大も可能であり、その価値は明白である。



