アメリカの製造業の衰退はもうなおらないものなのだろうか。巨額の投資を行なったのに衰退を食い止めることはできなかった。1980年から85年のあいだに、アメリカの企業は国内の設備投資として2000億ドルを費やしたが、その投資はアメリカ産業の国際競争力の低下をわずかに遅らせただけであった。自動車産業だけでも、この期間中に400億ドルが設備の向上のために投入されているが、競争力の低下は依然として続いている。6年前、日本の自動車メーカーのサブコンパクトカー1台当たりの生産コストは、アメリカのメーカーよりも1500ドルも低かった。そして今日ではこの差はさらに広がり、1800ドルになっている。しかし問題なのはコストだけではない。昨年のアメリカ製自動車の購入後1年以内の故障率は、依然として日本製自動車のほぼ3倍にも達していた。自動車だけでなくほとんどすべての製造業が、これと同じようなコスト面と品質面の問題に苦しみ続けている。

 アメリカの経営者が日常的な製造上の決定を下すにあたって、これまでとはまったく異なったやり方で考え行動することを学ばないかぎり、アメリカ産業の国際競争力は、今世紀末を待たず永久に失われてしまうと私は確信している。

 一般的にいって、アメリカの製造企業は、いまだに円滑な生産管理という考え方のとりこになっている。新製品の生産が始まるとか、生産量に変動があるとか、どうしてもコストを削減しなければならないといった強いニーズでもないかぎり、生産管理のやり方が変更されることはない。こうした変更も長いあいだに積み重なっていけば、部分的にその企業の競争力を向上させるか、少なくとも競争力の低下を止めるかもしれない。しかし、こうしたその場かぎりの変更が、競争力を身につけるための首尾一貫した戦略にまとめられることはめったにない。

 製造を単に生産管理上から見るのと戦略的な観点から見るのとでは、非常に大きなちがいがある。生産管理の向上に焦点を合わせた見方では「もっとうまく生産するためにはどうすればよいか」であるが、戦略的な利点を求めようとする場合は「競争に勝つためには製造機能はどのように活用できるか」である。生産上での細かい要素の最適化、例えばこの部門での機械時間の削減、あちらの部門での労務コストの低減といったことだけで頭がいっぱいのマネジャーは、もっと大きな戦略的な利益機会に気づかないものである。製造業企業は、生産部門を1つの統合されたシステムとして管理することによってのみ、より低い価格、より大きなサービス提供、あるいはより高い品質を通じて、顧客へ付加価値を与えるためにその全能力を活用することができる。

 製造にかかわる決定は、いまだに機械休止時間とか、不良品率、あるいは仕掛品在庫量といった社内の業績評価基準で規定される生産管理上の観点にもとづいて行なわれている。しかし、製造にかかわる決定は、それが激烈な国際競争のなかでの企業の業績にどれくらいの影響をおよぼすかを基準にして下されなければならない。戦略的なデシジョン・メイキングの狙いは、ときには生産管理のきまりを無視してでも積極的な差異化をはかり、競争相手よりも優位に立ちその地位を保つことである。

 生産管理という観点だけから見ると、まったくおろかなように思える決定でも、戦略的な観点から見るとまったく別ものになることもある。単純な例で考えてみよう。ある家電メーカーは、新設計の部品を使うことによって製品の寿命を伸ばし、保証コストも1品当たり1.75ドル節約できることに気がついた。しかし期待に反して、新部品の採用に伴う1製品当たりのコストは、2ドルも増えることがわかった。これは生産管理面からいえば、とても採用できる方策とはいえない。しかし戦略的な観点から見れば、この新部品の採用は非常に有意義だったのである。この製品の使用期間中での使用者のコストと不便さが減少するので、それを広告のなかで強く訴えることができ、製品の価値に対する顧客の評価も高くなると思われた。経営者はこの新部品の採用を決定したが、その決定はその後の高いマーケットシェアという成果で報われたのである。

戦略のブレークポイント

 競争上で決定的な優位性を獲得するためには、企業はその製品をどこまで差異化する必要があるのだろうか。経験によれば、製品の価値の変化がある一定の点に達してはじめて、市場はその変化に反応を示す。すなわち、価格、品質、サービスといった価値の指標が増加、改良されてある一点に達すると、売上量が急激に増加し競争上でのバランスが崩れるのである。この点を「戦略のブレークポイント」とよぶことにする。

 アメリカの自動車市場での日本車の成功は、この考え方を説明する適切な例になる。トヨタの車の修理インターバルが平均8週間に1回、アメリカ車は平均6週間に1回だったときは、ほとんどの購入者はこの差に関心を示さなかった。しかしトヨタの修理インターバルが平均6ヵ月に1回、アメリカ車のそれが7週間に1回になると、この差はあまりに大きいのでもはや無視できなくなった。価格面では競争力を維持したままで無視できないほどの高品質を提供し、それをマーケットシェア獲得の手段に使って、日本の自動車メーカーは「戦略のブレークポイント」に到達した。日本車がこの点に到達するやいなや、大量の顧客がアメリカ車ではなく、日本車を買い始めたように思われた。

 アメリカの炭素鋼工具メーカーのケナメタル社は、その製品の品質を向上させることによって「戦略のブレークポイント」を発見した。競争上での明確な優位性の獲得をめざして同社のクエンティン・マッケンナ社長はゼロ・ディフェクト(欠陥率0)という新しい品質基準を定めた。この基準はすべてのケナメタル社の工具は完全なかたちで顧客に提供されるという保証で裏づけられた。顧客に対しこの約束を実行するためには、よりコストのかかる生産体制に変更しなければならなかったが、その結果ケナメタルの顧客は、工作機械の工具自動取替装置を使うことができ、事前の工具検査の手間がはぶけるようになった。新基準の導入後6ヵ月でケナメタルのマーケットシェアは2倍に増えた。

 あるアメリカのプリント配線板メーカーも、生産管理の観点からは非経済的に見える革新的な生産体制を採用して、「戦略のブレークポイント」に到達している。この企業の経営者は、コスト削減のためにその技術者に対し、プリント配線板への新しい化学的な溶着方式の実験を行なうよう指示した。技術者チームの作業により、最終的にすべての問題点が明らかになったが、この方式を使うと配線板の生産コストは30%増えることがわかった。しかし、その作業からは特殊市場向けに高価格で販売できる高密度、高品質の配線板の生産も可能であるという結果が得られた。生産管理だけから見れば魅力のない生産方式が、戦略的にはすばらしい価値のあることがわかったのである。