-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
EMI社がCTスキャン装置を開発したのは1972年のことだった。このすばらしい躍進的な技術は、当初このイギリスの会社が、これまで依存しすぎていた浮沈の激しい音楽・興行ビジネスから脱却し、国際的市場で強い地位を確保するため、長い間、求めていた革新に違いないと思われた。医学界は双手をあげてこの製品を歓迎し、同社は4年もたたないうちに、医学用エレクトロニクス・ビジネスを確立した。これによる売上げは、EMI社の世界中の売上げの20%に達したのである。CTスキャン装置は、この市場を支配し、すばらしい評判と強力な技術指導力を獲得したのだった。
ところが、1979年半ばになるとEMI社は、この事業で赤字を出し始め、最後はソーン・エレクトリック社のTOB(株式公開取得)に応じざるをえなくなった。ソーン・エレクトリック社は、ただちにこの業績の悪い医学用エレクトロニクス事業を切り捨ててしまったのである。このTOBのことが公表されたのは、皮肉なことにCTスキャン装置を開発したEMIの科学者、ゴッドフリー・ハウンスフィールドが、この発明によりノーベル賞を授与されたのと同じ月だった。
このようなおとぎ話めいた成功談が、一朝にして悪夢と変わってしまったのは、なぜだろうか。それには多くの原因が働いていたが、その核となったのは、会社の技術的資産と世界市場における有利な立場を活用する能力を妨げるような機構と管理プロセスであった。
EMI社の技術的・資金的・経営的な資源は、イギリス国内に集中していたため、さまざまに変化する国際市場のニーズに対応しきれなかった。世界的に需要が高まるにつれて、CTスキャン装置の配送時間の遅れは12ヵ月以上にも及んだ。この時間的な遅れのため、競争相手が市場に参入する恐れがあるというEMI社のアメリカのマネジャーの抗議にもかかわらず、本社は、この注文が戦略的にどれだけ重要かどうかといったことを無視して、受注した順番に製品を発送しつづけた。本社の経営陣は、資源を地方で調達し、そっくり同じ構成部品を製造することを許可しようとはしなかったが、これがネックとなって時間的な遅れを生じていたのである。
意思決定がロンドン本社に集中していたことも、市場のニーズに対応して戦略を指図する会社の能力をそこなっていた。例えば、CTスキャンの主な市場であるアメリカの臨床医たちは、精査時間の短縮を重要な目標と考えていたのに、国内市場の反応に左右されていたEMIの中央研究所は、解像力を向上させることに力を注いでいたのである。やがてゼネラル・エレクトリック社が、精査時間の短縮された競合製品を世に送ったとき、EMIはユーザーに見放されたのだった。
最後にいえることは、EMIの大規模な資源力と世界市場での強い競争力を活用できなかったのは、組織的な能力がかぎられていたためである。同社には次のような能力・資源が欠けていた。
・本国から遠く離れたところで生じた市場ニーズと産業構造の変化に気づく能力。
・資料を分析し、世界中で現われる競争相手の挑戦に対して戦略的な対策を立てることのできる資源。
・急激に変化する事業環境に対して想像力を働かせながら対応できるような、海外オペレーションでの管理者の自発性・動機づけ・能力。
CTスキャン事業の末路は極端な例であるが、EMIが直面したような問題は、けっして珍しくない。世界的戦略に関して、現在多くの関心が抱かれているにもかかわらず、世界的な事業の運営を管理するという組織の課題を企業は、ともすれば過小評価する危険性をもっている。われわれが研究したほとんどすべての多国籍企業のトップ・マネジメントは、世界的な競争力をいっそう強化するためにはどうすればよいかということについて、確かにすぐれたアイデアをもっていた。しかしながら、その世界的な戦略目標を達成するにはどのように組織化したらよいかについては、それほど明確ではなかったのである。



