これはもう聞きあきた言い草だ。急成長組織でのストレスや緊張を克服するには、経営トップたる者、権限委譲すべし。

 私は、このテーマについて、いろいろなセミナーに顔を出してみた。本も読んだ。しかし、なぜか、それについて話したり、書いたりしている人たちは、いちばん大切なことを忘れているのだ。これは驚くには当たらない。いったい、何人が何百人もの従業員を雇ったことがあるのだろうか。何人の人が、経営幹部がやればもっと立派にやってのける仕事を、1人の部下が苦労してまとめあげているそばで、じっと我慢して眺めていたことだろうか。何人の人が、大勢の新人を、一度に訓練しなければならない立場におかれたことだろうか。

 不幸なことに、これらの人の多くは、権限委譲をうまくやれない原因が、本質的に主観的なところに根ざしていることに気がつかない立場にいる。私は、年商約1500万ドル(約24億円)のレストラン会社と5つの組織をもち、500人の従業員を雇っている。つまり、私自身がそのような立場にある。

 経営トップが権限委譲を実行すれば、その役割はこのように変わるといったことを、聞いたり読んだりすることと、実行できるかどうかは別問題である。私は、それをやりとげることがいかに難しいことかを身をもって経験した。

 権限委譲をしようとすると、4つの問題に直面したのである。それらはまさしく私自身の問題であり、けっして私の会社を運営することとは関係がない。第1のもっとも明白な問題は、私なら半分の時間でやってしまう仕事を、人がこねくりまわしているのを眺めている、ということだった。私は、じっと口を閉じていることを学ばなければならない。口をはさむと、新しい部下が不満に思うからだ。当然ながら、そのことで、私は貴重な時間を費やしてしまう。私にとって子供のような会社を、人の手にゆだね、彼らが好きなようにやるのをそばで眺めているという体験は、私自身の人間に対する信頼をきびしく試すことになった。

 第2の問題は、アイデンティティ、とりわけ、私自身のアイデンティティに関するものであった。権限委譲は、スペシャリスト(それが、財務、マーケティング、その他どんな分野であれ)から、ジェネラリストの役割へと移行することを意味する。つまり、リーダーになることだ。そして、リーダーというものには厳密な職務定義書がない。私は、世間に知られている特別の能力と、それを使うときに味わう満足感を捨てなければならない。私はプロとしての職業生活のなかで享受する、最大の喜びを投げ出さなければならなかったのだ。

 第3の問題は、他に負けたくないという気持ちであった。一企業家としての私は、きわめて負けん気が強かったのだが、その私が、人が自分の能力レベルを超えていくのを、じっと見ていなければならないわけだ。結局、多くの仕事(料理、バーの切りまわし、新人の訓練など)の面で、人に絶対負けないというものをもつことができなくなった。つまり、権限委譲とは、人がエキスパートになるのを助け、その結果として、最良の人材にすることだといえる。

 最後の問題は、新しい仕事を最初から覚えなければならないというものだ。現在、私は組織の向かうべき方向を決め、部下の同意を得て、会社を大過なく運営していかなければならない。この新しい仕事を覚えることは、とりもなおさず、今までの快適な場所を離れて、未知の領域に入ることを意味したのだ。すなわち、リーダーシップのコツを身につけなければならないということである。

 幸いなことに、このことについて選択の余地はなかった。組織規模の膨張が、私をがんじがらめにしていたからである。週に6日か7日働いても、大勢のアシスタントを使い、時間を巧みに配分しても、十分ではなかった。毎年、百万人を超える人たちのために費やす私の時間に対する需要は、まったく際限のないものにみえたのである。私はせっぱつまってしまった。そこで私は、企業家からリーダーへと変身しなければならないと悟ったのである。つまり、自ら手を下すのではなく、人の指導と計画づくりのなかに満足を求めなければならないと考えたのである。

 この変身をやさしくするために、私は読者に伝えたい3つの方法を考えついた。それは権限委譲に伴う心の傷を軽減するものではないが、少なくとも、転換の苦痛を何ほどかはやわらげるのに役立つだろう。3つの方法とは次のとおりである。