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1985年が明けてから、わずか9ヵ月間に、米企業は中国の国営事業とのあいだに800以上のジョイント・ベンチャーを組んだが、それ以前の5年間のジョイント・ベンチャーが約900にすぎなかったことからみると、これは、対照的な数といわなければならない。一見、爆発的な急増ではあるが、実質的な――つまり資本のからんだ――コミットメントという点では、まだまだの状態である。米国の直接投資は、海外からの対中投資総額146億ドルのうちのわずか10億ドルにすぎない。沖合い石油開発を除外すると、その数字は、わずか1億5000万ドルにまで落ち込んでしまう。
ところで、米国のエグゼクティブたちは、中国式交渉慣行のツボを会得できないために、現実的なコミットメントにもち込むのに、しばしば失敗する。技術や産業組織の点では中国人は、われわれより遅れているかもしれないが、微妙な交渉術においては、ここ数世紀来、彼らと肩をならべうる者は、ほとんどいなかったほど巧みなのである。
中国人が交渉の場にもち込んでくるそのがんばりぶりや技量に、米国のエグゼクティブたちは後れをとっている。米国人側は、何を最優先課題とするかについて確信をもっていなかったり、自らの目的について動揺するといった場合が、しばしばあるようだ。さらにそこに、新しい市場が開けそうだ(中国は10億市場たりうるといった幻想)という見通しから、米国人が見せる軽率な熱狂ぶりが重なるとなれば、いま述べたような確信の欠如は、重大な障害ともなりかねないのである。
何が最優先課題か、という点について彼らの腹が決まらない理由の一部は、エグゼクティブたちが株主に、自分が先陣をきっていることを証明できそうなPR向きハッタリ戦術として、まず何でもいいから関心を引きそうなことをでっちあげる、ということからもきている。
つまり、彼らCEOたちは、"ウエストチェスター・カウンティ・シンドローム"と呼ばれるものにとらわれているのであって、ただ中国に行ってきたにすぎないのに、それを吹聴すれば、地元のカントリー・クラブや業界の集まりでポイントがかせげると信じているのである。
毛沢東以後の中国が米企業に門戸を開いたとき、そうしたたぐいのエグゼクティブたちが大挙して中国に殺到し、かなり気安く、熱に浮かされたように、仮取決めを結んだ。そして、そのあとから契約の細部をつめる使命をになった部下を送り込んだのである。
ところが、当初の時点では、たとえいかに曖昧・不確定なものにみえようとも、その段階であれこれ言質を与えてしまっている以上、彼ら先発エグゼクティブたちは、のっけから相手側の掌に乗せられたに等しいこととなった。というわけで後発組の交渉は、概括的取決めを正式の協定にもっていくということでしかなかった。そのため中国側に、理不尽・法外な利点を与えることになってしまったのである。
こちら側のこうした歴然たる思慮不足に対し、中国側の交渉担当者たちは、のっけから一本取られているといった気持ちを、こちら側に抱かせずにはおかないような戦術で対応してくる。米エグゼクティブが中国市場を手に入れようという勝手な希望をふくらませているのに対して、中国側は、先進技術の獲得と外貨獲得のための海外売込みの支援という、きわめて明確な最優先課題をもってやってくるのである。
したがって米国側がある特定の契約取決めに最終的にとりかかった段階でも、彼らは特定条項を論議するまえに、またしても概括的取決めに話をもどしたりするのだ。その結果、交渉がもつれたり、契約が成立しない場合が、しばしば生じる。
商業的関係を拡大することが、両国の利害に益することはいうまでもないであろう。しかしながら、交渉上のつまずきの石は、どのようなものであれ、合意の成就に逆効果をもたらすというのが通例である。時には、優先課題をめぐる双方の食いちがいがさまたげとなることもあれば、基底としての文化的なものが問題となる場合もある。



