「先方から賄賂を求められたらどう答えたらよいだろう」。アジアに向かう夜行便の機内で、私はこう自問した。が、いっこうに名案が浮かばない。そこで、シンガポールまで同行する隣席のある企業のトップに「なにかよい案はないでしょうか」と相談した。このテーマに興味を覚えたらしく、彼は同僚たちに「一緒に考えてみよう」ともちかけた。しかし、決め手となるような解決策はだれも思いつかなかった。

 このように、在外アメリカ企業のエグゼクティブの多くは、この種の問題をどう処理してよいのか苦慮しているのが現状である。そこで以下にいくつかのケースをあげて具体策を検討してみることにする。

□ 現地の取引先から宮殿のような別荘に招待されたとき、どんなギフトをもっていったら相手を喜ばせ、ビジネス関係の円滑化にも役立つであろうか。それを相手が一種の賄賂と受けとったらどうしよう。いやむしろ相手が賄賂を期待していたらどうしたらよいか。なぜ自分はこのような不安な気持ちになるのだろう。

□ 自社の荷が外国の港のドックに入っている。早急に内陸に運ばないと製品が傷んでしまう。その場合どんな"ギフト"を当局者に贈ったら、ことがうまく運ぶであろうか。"ギフト"の金額は50ドル程度の小口から5万ドル、あるいは50万ドルといった多額におよぶことが考えられる。そこで、ギフトと賄賂との一線をどこで引いたらよいのか。どの程度の贈物をすると良心がとがめるのだろうか。

□ 交渉は完了し、契約に署名した。その1週間後、大臣から"病院の建設費"として100万ドルの寄付を要求された。同時に相手は、今後の相互関係の緊密化によって、その他"貴社に恩恵をもたらすような配慮"を期待できるであろうと告げた。この要求にどう対応したら相手方を喜ばせると同時に、自社の立場にもかない、署名済の契約を実行に移せるのだろうか。

□ さて最後に、アメリカの証券取引委員会から、対外汚職法(Foreign Corrupt Practices Act)違反の容疑で、以上の各ケースについて証言を求められる。そこでどう説明するのか。果たしてあなたの説明で当局者は納得するであろうか。そして今後も外国で企業活動を続けられるであろうか。

 この種の問題をめぐるアメリカ人経営者の不安の多くは、アメリカの法律に起因している。1977年に対外汚職法が議会で可決されて以来、架空の問題が現実的なジレンマとなって、外国政府や企業と関係をもつアメリカ人経営者をなやましている。とくに賄賂に関する規則がアメリカと大きく異なる途上国では、この問題は深刻である。これらの諸国では、アメリカ人経営者は法律ばかりでなく、倫理やカルチャーの面でもジレンマに陥ることとなろう。そこでつぎに、自己の倫理観や自国の法律と相反する風習にどう順応したらよいか、という点にスポットを当ててみたい。

 この問題にアプローチするひとつの方法は、賄賂を要求されたときの企業側の対応策を立てておくことである。以下の提案は、地域社会の伝統が根強く残っているアジア、アフリカ、中東などの発展途上国を対象としている。しかし、純然たる公共目的のため、あるいは逆に私腹を肥やすために、アメリカ企業がファンドの寄贈を求められるといった極端なケースは想定していない。したがってこれらのアプローチは、賄賂を要求する側の一般的ないくつかの動機を分析し、それに対する経営者側のオプションをいくつか提供することをねらいとしている。

意思決定とジレンマ

 アメリカ人経営者が第三世界で、自国の規則に違反するような行為を求められたとき、どのようなジレンマに陥るのだろうか。具体例として、まず私自身が東アフリカで初めて経験したエピソードを紹介しよう。それはつぎのような要求で始まった。「ところでBwana(sir)、私のZawadi(gift)として1000シリング頂戴したいと思います。そして私たちはいま友だちとなったのですから、"Chai"(tea)にお招きします。そのとき8バンドラジオを私の家におもちください」

 この場合、スワヒリ語の"Chai"と"Zawadi"は"賄賂"に相当するが、先方は礼儀正しい調子で、これらを要求した。しかも交渉が完了してプロジェクトの細目について合意した時点で、ふと思いついたようにそれをもち出した。私としてはアメリカ方式で、取引が完了したしるしとして、相手方に一杯振舞うつもりだった。ところが契約の条項がすべて解決した後に、相手方は金品を要求したのだ。