成功から長期低迷へ:これまでの50年を振り返る

 この稿の執筆時期は2026年だが、それから50年遡ると1976年ということになる。日本経済を大混乱に陥れ高度成長の時代を終わらせたオイルショックが1973年に起きているから、それから3年後である。

 それからの50年間は、バブルの崩壊というもう一つの大事件が起きた1991年で、前半と後半にくっきりと時代が分かれる。

 オイルショックを跳ねのけて日本が安定成長を続けたバブル崩壊までの15年間は、成功の15年という時代である。それから現在に至るまでの35年間は、本当に成長しなくなってしまった長期低迷の時代である。

 もっとも、オイルショックまでの日本は1956年以来17年もの間、高度成長を続けてきたから、それも加算すれば、1956年からの成功の35年間と1991年からの長期低迷の35年間、という70年間だった。

 バブルの崩壊で、日本経済と日本企業は様変わりしたのである。その様変わりのデータは、この稿では提供しないが、それまで成長してきた日本企業全体の売上高や付加価値が1991年を境にパタッと横ばいになる印象的なグラフはあちこちで見られる(たとえば、拙著『漂流する日本企業』を参照[注1])。

 バブル崩壊は、それほどの大事件だった。そこから2000年代初頭までは、自信喪失と混乱の10年だった。バブルを起こしてしまった企業は自己疑問を感じ、バブル崩壊の結果として生まれた巨額の銀行の不良債権問題が経済全体の足を大きく引っ張った。

 金融面での混乱の収拾の最大の手段が、都市銀行の大型統合による銀行の体力強化であった。現在ある、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行などを中核とするフィナンシャルグループが誕生したのは、2002年前後である。

 金融の混乱はそれで収まったが、銀行の企業に対する役割は一変した。いざという時にメインバンクが支えるというそれまでの常識が消え、企業は銀行をあまり当てにできなくなった。だから、自己資本比率を高くする動きがすぐに始まるのである。

 それと同時に、米国型の株式市場を経由する企業への統治圧力が強くなった。それまで、株主よりも従業員の利益を実質的に大切にしてきた日本的経営のよさが、薄れていった。そのデータ的表れの一つが、企業の人件費総額が横ばいのまま配当だけが上がり続け、それに続いて自社株買いという株主還元も大きくなっていったことである。

 つまり、従業員よりも株主へ、と経営の目線が大きく動いていったのである。その背後には、経済産業省や日本取引所グループによる「コーポレートガバナンス改革」の流れがあった。株主の声を大きく反映する経営への移行を、日本企業に「官」が迫ってきたのである。