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"フォーチュン500社"のなかのある大企業の社長は、アメリカ国内の他の数多くの社長と同じように、1970年代のはじめごろは会社に託した自分の夢を一連の財務目標のかたちで明示していた。なかでも特にその社長が望んだのは、販売成長率18%、投資収益率平均14%、負債自己資本比率33%、利益留保率67%という水準であった。そして他の多くの企業と同様、この会社も目標水準に近い値すら達成しなかった、いやできなかったのである。
なぜ達成できなかったのだろうか。もちろん経済環境も達成に寄与するほどよくはなかった。しかし、それよりももっと重要なことは、それがあるのを知らないままに危険な氷山に向かう進路を、この社長が設定してしまったという点である。1つひとつの目標は、それぞれの領域内ではたしかに適切なものだったが、それらを全体として見ると全部の目標の達成は不可能だった。そのために大きな惨事を招くことになったのである。
年間売上高10億ドル以上で6億ドル以上の資産を持つアメリカの大企業12社に対して、3年以上の期間をかけて行なった調査から、さまざまな財務目標の達成が資金繰りにおよぼす影響については、多くの経営者が十分な関心を示していないということが明らかになった。
本稿では、戦略目標と財務目標が現実の企業環境と整合しているかどうかのチェックのやり方が示されている。このチェックによって、企業は、あい反する内容を持つ目標間で正しいトレードオフを行ない、その結果がどうなるかを的確に予測できるようになる。
すべての大企業の社長が果たすべき1つの主要な責務は、その事業の使命と戦略にはっきり焦点を合わせた形で自社の財務目標を明示することである。これらの財務目標は、理論上では、その企業の業績に対する株式市場の反応を通して株主によって決められるものである。しかし現実には、これらの目標は社長の価値観と政治哲学に深くかかわっており、その信念の深さゆえに目標も説得力を持つのである。
企業の財務目標はこのような説得力を持つにもかかわらず、それがあまりにも明確で数字で表現できるものであるために、企業の幹部クラスで過敏な反応を引きおこし論争のまとになることが多い。ここでは、その経営戦略と企業環境に対して完全に異なった2つの見方が存在しているA社の例を取り上げ、投資収益率(ROI)と販売成長率という2種類の指標が、これらの考え方とどのように、むすびついたかを検討してみよう。
A社は、その業界では数十年間にわたってリーダーとしての地位を維持しており、金融業界や投資家からは収益性も信頼性も高い堅実な企業として高く評価されていた。1960年代から70年代のはじめにかけての期間でみると、A社の社長は経営目標ならびに財務目標がどうあるべきかを正しく把握しており、それらの目標を迷うことなく、きっちりと守っていた。技術と製品革新においては、自社はリーダーとしてどこにも負けない地位にあると社長は考えていた。社長は自社の優秀性を1つの単純な指標、すなわち投資収益率で測っていた。「販売成長率などどうでもよい。技術面でのリーダーシップと高い投資収益率の見込みさえあれば放っておいても成長は達成できる」というのが口ぐせであった。
社長の在職期間中の状況を見れば、この考え方は明らかに正しいといえた。A社の利益は満足水準を越えるほど多かったから、当然、投資のための資金もあったし、かなりの額の内部留保も累積していた。この社長のリーダーシップは重役会から強く支持され、金融界からも賞賛されていた。
しかし、社長よりも一段下のランクの後継者になる予定の重役は、自社の事業について社長とは別の見方をしていた。この重役はライン部門からたたき上げて、その地位を獲得した人であったから、自社の主要製品の多くがしだいに成熟段階に入りつつあり、それらの市場も日用品化の方向へ進んでいると見なしていた。すなわち、大量販売、低コスト、利益率の低下がこの業界の特徴となっており、成功するかしないかはマーケットシェアの大小によって決まる傾向が強まっていると見ていた。
この重役にとって、企業の成長率はROI以上ではないにしても、それと同じくらい経営戦略の核として重要であった。同業他社と同じくらいか、それ以上の成長率を達成しないかぎり、A社のマーケットシェアは小さくなり、したがってROIを大きくする力もなくなるであろう。この重役の意見は社長とは対照的で、「成長力を高めさえすれば、ROIは自然に大きくなる」というものであった。このように両者の意見が対立していたためにA社のトップは、いつもぴりぴりしており、この神経過敏状態は社長が交替するまで続いていた。



