製品のライフサイクルという考え方は、今や珍しくなくなった。だが、成熟に向かう製品の進化は、買い手と売り手の関係にどういう影響を与えるのだろうか。

 業務用顧客というものは、製品を継続購入している間に、著者がいうところの無経験なゼネラリストから経験を積んだスペシャリストに変わっていく。顧客が変化すると求める便益も、例えば技術の支援から低価格へというように変化する。顧客のこういう経験的要素を理解でき、予測できる売り手は、この現象を利用して、いくつかの戦略を用いることができる。

 著者は4つの戦略が可能だと考えているが、それは顧客管理実務の強化、製品の付加価値増大、顧客サービスの改善、価格の引下げである。顧客の経験についての研究あるいはその評価に応じて、企業はこのような戦略を単独で、あるいは組み合わせて実行することができる。

 合成樹脂メーカー、ポリプラスチックス社の応用技術販売担当エンジニアであるジェリー・エバンズは、努力の報いられる日を待っていた。この2年間の大半を、エバンズはユニバーサル・エレクトリック社の新製品設計グループを訪問することに費やしてきたのである。昨年は大量の注文をとることができて、エバンズも努力の甲斐があった。このグループが、将来有望な新しい家庭電気製品の設計仕様書のなかに、エバンズの会社の改良ナイロン樹脂のいくつかを加えてくれたからである。

 最近のエバンズは、本来の顧客である設計グループの主査よりは、調達マネジャーと会って過ごす時間のほうが確かに多いようだった。だが今日は、プロジェクト責任者が、向こうから特にエバンズとの会見を申し入れてきたのだ。ジェリーは、以前から考えていた新しい応用法について話し合う機会ができたことを心から喜んでいた。

 しかし、ジェリーの期待はぬか喜びに終わった。設計グループの主査は挨拶もそこそこに、自分のチームは現在の任務にけりをつけ、構成員はそれぞれ社内の新規プロジェクトに配属されることになったと告げたからである。ジェリーが販売してきた改良型ナイロンの再発注は、今後、調達マネジャーだけが取り扱うことになる、と主査はいうのだった。

 しばらくして、調達マネジャーと会ったとき、ジェリーはマネジャーと折合いをつけて、自社の製品に関心をもってもらおうとした。ジェリーは設計グループとの共同作業がいかに楽しかったかを説明し、ほかの製品応用方法についての考えを述べはじめた。「分かってるよ、ジェリー。分かってるよ」と、マネジャーはさえぎった。「だが正直にいうとね、うちが求めているのは、一に値段、二に値段、三に値段なんだ。君のところは、どれくらい安くできる」。

 マネジャーのこのぶっきらぼうないい方にびっくりしたジェリーは、狼狽して下手な冗談をいった。「いや、ご承知のように、当社はシボレーというわけにはいきませんよ」。この言葉のまだ終わらないうちに、ジェリーはお客の興味がみるみる失われていくことを直感した。しばらくして、自分の車に戻っていく間、ジェリーは、これで客をふいにしたという嫌な気分を味わった。ここは年間発注額にして50万ドル以上の上顧客だったのである。すべては、あまりにも突発的だった。

 ジェリー・エバンズというのは、架空のセールスマンであるが、こういう問題は現実に存在し、次第に普遍的になってきている。ジェリーは、顧客の経験が進化していくという生産財マーケティング上の現象に直面した。つまり、顧客はジェリーの会社が提供していた支援やサービスに全面的に依存する無経験な買い手から、もっと他の便益(この場合は、価格だったが)に興味を示す経験豊富な買い手に進化したのである。

 ジェリーは手ぶらで引き下がらなければならなかったが、こういうことになったのも、社内のマーケティング部門が、あらかじめ予想できる顧客行動の変化についてジェリーの注意を促しておかなかったからなのである。ジェリーがこういう変化に注意していたならば、いくつかの予兆――購入決定に際して、次第に購買部門の介入が多くなった、設計チームが応用方法に関するジェリーの提案にだんだん興味を示さなくなった、など――に気づかないはずはなかったのだ。