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世界は小さくなっているようだが、国籍がどうであれ、人びとはそれぞれの文化的慣習を依然として保持している。アメリカの企業のエグゼクティブたちは、他国の文化・慣習に従って行動するのは困難なことを知っている。国際ビジネスのどのような局面よりも、異なる国のビジネス・パートナーとの間に自然発生的に起こる人間関係には、独自の知識と感受性が求められるだろう。
パーカー万年筆からの研究助成金で、著者は、平均して18年間の海外出張の経験がある125人以上の国際ビジネス・エグゼクティブを対象に調査を行なってきた。彼女は調査の焦点を取引のスタート時にビジネスマンの間で行なわれる贈物交換に当ててきた。そして、そのような贈物をすることは、避け方を知らないエグゼクティブたちの前で、今にも爆発しそうな文化的地雷ともいえることがわかった。
景気が回復基調を示すなかで、大きな売上げ見込みを期待しながら、ドゥ・ライト・ドリル社の社長であるウォルター・ゴォークォレットは、生まれて初めての海外出張を計画した。ウォルターは、最大の機会がある国、サウジアラビアへ直行することにしていた。中小企業のオーナーの大多数が、セールスのためにパリ、ロンドンまたはフランクフルトに行くのは、アラブ人は商売をする相手としては相当手ごわいと彼らが考えていたからだ、とウォルターは見ていた。彼は、自分自身やり手で、自信のかたまりと思っていた。
彼は後になって、秘書のグエン・ゴビンダに次のように語っている。「私はね、行くところそれぞれのところで、うちのドリルを売ってきた。なぜかって。私は他の人たちのニーズに敏感だからだよ。どんなに私が敏感かを聞いてみたら、そうだと答えない者が、このドゥ・ライト社にいるかね」。このように、彼は、この敏感さがアラブ人との商売の成功に必ず結びつくと確信していたのである。
感受性を示す1つの方法は、見込み客に適切な贈物をすることだということをウォルターは気づいていた。彼の趣味のよさは、アメリカ国内で30年以上も商売するのに非常に役立ってきた。今や彼の関心事は、彼のサウジの見込み客、アビ・オイル社の社長、アブドゥール・アビに最適の贈物を探すことであった。ウォルターは、他の人はいうまでもなく、彼の信用している秘書グエンにさえ探してもらうなどとは思っていなかった。「決して責任回避してはいけない。贈物は私自身が選ぶのだ」と、彼は自らにいいきかせていた。
大統領や国務長官の手本をまねて、品物は、これぞアメリカというものにしようと決めた。彼は自分の好きなケンタッキー・バーボン1箱を選んだ。"湾岸諸国でビジネスを行なうには"という1969年版商務省のパンフレットのなかに、アラブ人は家族に非常な関心を示すと書かれているのを助言として、ウォルターはアブドゥール夫人にも贈物を選んだ――ティファニー製の趣味のよい金のブレスレットを。彼はどの贈物も自ら贈ることにしようと決めた。
どうなったか、ウォルターはグエンにいった。「私がバーボンを贈った時の彼の顔ったらなかったよ。見てほしかったね。まさに完璧な選択だったよ」。ウォルターの話によれば、酒はアブドゥールをまったく無口にさせてしまった。「彼は電話では常に話し好きだったのだが」。
商談の日から数日たっても、アビ夫人の気配すら感じられなかったとウォルターはいった。彼はグエンに話をしながら、くすくす笑った。「そこで、とうとうアブドゥールに、お宅では奥さんは人と交際しないのかどうかと聞かざるをえなかった。そして贈物を見せた。ところがアブドゥールはまたまた話をしなくなってしまった。私としては話の押しどころをわきまえているのでね。グエン、君も知っての通り、私のように敏感な者は我を通さないほうがいいという潮時を心得ている。そこでアブドゥールにプレゼントを渡し、そのうち機会があれば美しいアビ夫人にお会いしたいものですと告げたのさ」。
帰国する前に、ウォルターは、日ましにかたくなになっているアブドゥールの沈黙を破ろうとした。彼はアブドゥールのお気に入りのらくだを何回となく、褒めてみた。「彼を喜ばそうと思って、強くて頼りがいのある動物を私がどれほどすばらしく思っているかを話したのさ。それでもアブドゥールは笑わなかった。長い間私を見つめて、らくだを優しくなでた。そして、とうとう彼はらくだを私に手渡し、きびきびと歩き去って行った」。
最初、ウォルターは茫然とした。「つまり、ドリルをもってしても、これほど私を動転させることはできなかっただろう、ということさ」。ついで、彼のもちまえの鋭い敏感さが頭をもちあげてきた。「君も聞いたことがあるだろうが、アラブ人というのは本当に気まぐれな一群なのさ――今笑っていると思ったら、次の瞬間、眉をひそめているのだからね。そこで私が理解力があることを見せるには、贈物を受け入れるほかはないと思った。そうすれば無口になった彼を少しでも励ますことになるだろう、と思ったわけだよ」。



