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1980年のある日のこと、大手企業の1つ、カナディアン・スティール社は、他の企業に買収された。その企業は管理層も経営諸資源についても貧弱な体質をもっていた。この事態に直面した4名の経営管理者は、もともとがハードな事実と数字にもとづく伝統的な仕事の流儀をとっていた。ところが、このような"箱【ハード】"のマネジメントが、新しい状況にはあわないことを知ったのである。
彼らが直面した状況は、いわば、めちゃくちゃな有様で、経理担当者は行き詰まって手をあげるし、好調だった部門も崩れていき、工場閉鎖に追いこまれた。それに、ここ数年内に最大の不況が来るという兆しもあった。このような事態を乗り切るために、管理者チーム(自分たちのことを、いつの間にかこのように呼ぶようになった)は、別のマネジメント方式もあわせてとり入れなければならなくなった。それが"泡【ソフト】"のマネジメントであった。
彼らは事業のある部分は、箱【ハード】による解決のほうに適しているが、他の部分は泡【ソフト】によって問題を解消するほうがよいことに気がついた。これら2つの型の違いは大きい。結局、効果的なマネジメントへのカギは、当面の状況にどちらの型が適しているかを決定し、必要ならばただちに、"箱のなかから飛び出す"(すなわちハードな信念構造から脱却する)ことができる能力をもつことである。この新しい方式を取り入れることで、管理者チームは会社を危機から救い出したのである。現在、彼らは必要なときに"危機をつくり出し"、平常な活動でさえ意味のあるものにしようとしている。
ソルジャーズ・フィールド・ロード
ボストン,マサチューセッツ 02163
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部殿
拝啓
われわれ4名のゼネラル・マネジャー・チームは(他の何千人もの人たちと何ら異なったところのない平凡な人間ですが)、1979年以来、1つの経験をしてまいりました。その中でわれわれは、マネジメントのあり方を否応もなく変えさせられたのです。そのことについてご報告したいと思います。1979年に、われわれはヒュー・ラッセル社に勤めておりました。この会社はカナダ公営企業の中でも15番目に当たる大企業でした。すなわち、5億3500万ドルの売上と1400万ドルの利益をあげていたメーカーでした。組織構造は伝統的なもので、4つのグループの中に16の事業部門があり、各グループは役員会に対して責任を負う1人の経営管理者が担当しています。
会社には、3巻にものぼる企業方針マニュアルがあり、社内のあらゆる活動をこまかく規制していました。
当然、企業理念に関するものも含まれています。要するに、1979年時点においては、わが社は北米地域にある他の数千の企業と似たりよったりであったということです。
ところが、1980年には、予想もできなかった事態があい次いで起こった結果、上に述べたような状況は一変してしまいました。つまり、ヒュー・ラッセル社は、株式の100%買収によってヨーク・スティール社という利益のあまりあがらない(あがっているだけでもありがたい!)製鉄会社に併合されることになったのです。合併後の会社名はヨーク・ラッセル社と呼ぶこととなりました。この会社は一部の公開優先株(これに対して報告義務がある)以外は個人所有のものです。



