かつてのフロンティア時代の影響からいまだにぬけ切れない米国ビジネスマンの多くは、海外で交渉のテーブルについても、つい、ヤルかヤラれるかといった姿勢をとりがちであるが、実はこれがしばしば失敗の原因となっているのである。彼らは"まず撃て! 質問はそれから"となりやすい。

 しかし、国際通商における米国の役割が大きくなるにつれ、彼らに染みついたこの姿勢は、相手に有利とはなっても、彼ら自身が塵土にまみれる結果となりかねないのである。だが、米国人も自分の欠点を認識し、他国の文化や交渉スタイルを学ぶならば、自らのイメージも改善され、成功のチャンスも増えるはずである。

 映画『勇気ある追跡』のラストシーン、ジョン・ウェインがアカデミー賞を受賞したあのラストの演技をちょっと思い出していただきたい。ウェイン演じるところのシェリフ、ルースター・コックバーンである。栗毛色の馬にまたがり、片手にコルト45、もう一方にはウィンチェスター73を握り、ウイスキーの匂いを漂わせた彼は、アーカンザスの大平原をはるばる越えて、いま、大悪漢どもの銃の放列のただ中へと、まっすぐ駒を進めてゆく。4人の悪漢相手の差向かいの撃ち合いは火を噴いて……。

 われわれはこんな場面をどれほど繰り返し見てきたことか。ジョン・ウェイン風キャラクターがいざとなるとよみがえってくるのも、まったくむりからぬ話である。

 これは娯楽映画の大傑作であることは確かだが、しかし、まったくの作り話であることは周知の事実である。実在のシェリフ、ルースター・コックバーンは、死んだ自分の馬の傍らで、血と塵埃のなかにつっぷし、くたばったというのが史実のようである。

 話としては映画のほうがおもしろいけれども、現実となるとちょっと問題が出てくる。映画とかテレビとか本とかに繰り返し登場するそんな場面は、実はわれわれの日常的振舞いに影響を与えているのだ――その影響力はとらえがたいようで、なかなか強力なのである。われわれ米国人の多くは、ジョン・ウェインのそんな姿に似せて自分の行動パターンを形づくっているのだ。そこで、似たようなゲームを演じなければならない段になると、ついカラいばりと虚勢が顔を出すことになる。ワシントンDC(米政府)の姿勢を見ただけでも、それはよくおわかりになるはずである。

 外国のビジネス・エグゼクティブと差向かいで交渉のテーブルにつくときにも同様である。われわれはついあの西部劇と同じように反応してしまうのである。ただし、そこでわれわれの手にしている武器といえば、もはや6連発銃でもボウイ・ナイフでもなく、言葉であり、質問であり、脅しや約束であり、笑いや対決姿勢なのだ。おまけにわれわれは、交渉の場で、相手が4人なのにこちらはひとりといった分の悪い立場に置かれようが、そんなことにお構いなし、自分は勝つものとあらかじめ決めてかかってしまっている。

 しかし残念ながら、現実の世界である。しかも、勝負には自分自身の報酬や評判は言うに及ばず、自社の損得がかかっているのだ。にもかかわらず、われわれは"歴史上"のルースター並みに、やられてしまう。

 こうした場面は、米国の企業活動が世界的規模になればなるほど、いよいよひんぱんに繰り返されるようになってきた。米国内での交渉では大いに役立ってきたあのジョン・ウェイン流の交渉スタイルも、海外との交渉の場では、役立つどころか重大な阻害要因となるのである。このスタイルがわれわれにダメージを与えているとする考え方は何も新しいものではない。すでに1930年代に、ウィル・ロジャーズは「米国は戦争に負けたことはないが、会議では勝ったためしがない」との辛辣な言葉を吐いたものである。

 23年前には、人類学者のエドワード T. ホールは、ハーバード・ビジネス・レビューのある別の論文のなかで、次のように警告している。「米国のエグゼクティブがビジネスのため海外出張する際、諸外国の人びとの行動や習慣の多種多様さのおかげで、どれほど自分が苦労しなければならないかに気づいて愕然とする場合が多い(1)」。