値段で勝負するのか、品質で勝負するのか。小さいがもうけの大きい小売店と協調してゆくのか、それとも大型ディスカウント・チェーン店を通じて市場拡大をはかるのか。計画中の新製品による売り上げは、現在のラインでは処理できないほど大きくなりそうかどうか。これらは、マーケティング担当者の頭を悩ます問題――戦略的な――である。

 ところで、特定の戦略が承認を得たらどうなるのだろうか。マーケティング担当者は、戦略計画をうまく市場の現実に当てはめることができるだろうか。実をいうと、当初強力に見えた戦略が、その実力を発揮することができず、マーケティング担当役員は戦略そのものが間違っていたと早まった判断をくだすことが、あまりにも多いのである。

 著者によると、こういう場合、十中八九間違っているのは実行の仕方だという。さまざまな組織的問題があると同時に人間的な能力の欠けていることが、実行を難しくする原因となっている。著者は本稿において、もっとも普遍的な問題点を明らかにするとともに、それを解決するための手段を示唆しようとする。

 マーケティングの文献には、管理者が市場で最適なマーケティング戦略を立案する際に役立ちそうな調査・分析があふれている。ところが、こと戦略を実行する方法論となると、文献は口を閉ざして語らず、成功例だけがそらぞらしく紹介されるのみだ。1980年代のトップ・マネジメントが必要としているのは、戦略とは何かについての新たな回答ではなくて、すぐれた戦略を市場での成功に結びつけることのできるすぐれたマーケティング管理への手がかり、つまりマーケティングの実行に対してもっと関心が向けられることなのである。

 本稿の目的は、マーケティングの実行に関する問題点を解説し、その診断と解決の糸口を与えることにある。つまり、マーケティング戦略をマーケティング行動に移す際に見られる普遍的な問題を列挙し、マーケティング実施の効果を高めるための戦術を勧告することである。事例と結論については、筆者がハーバード・ビジネス・スクールでマーケティング実施についての講座を開設するために、3年間にわたって行なった臨床調査研究の結果を引用した(研究の詳細については、囲み欄を参照のこと)。

調査計画

 本稿に用いたデータは、開発研究プロジェクトからマーケティング実施へという講座に基づいている。わたしは現在も調査を続行しているが、今日までにマーケティング実施に関する35の事例を収集した。本稿で述べたすべての事例は、1つの例外を除いてすべてそこから直接引用したものである。この中には、あらゆる規模と種類の企業が含まれている。

 事例はすべて、わたしが本稿で概略を示した4つの構造カテゴリーの中に入る。あるものは低レベルの機能的なマーケティングの問題を例示している。例えばハーツ社は、仮にそれが妥当だとして、どのようにしたら「今まで1マイルもなし」という価格戦略から退却できるか、といった問題である。その他は、計画段階での問題を示している。つまり、市場に特定の製品を流通させ、あるいは特定セグメント市場に販売するため、諸機能を相乗的に組み合わせることに関する問題である。得意客管理についての事例が、ここでの一大関心事である。また、マーケティング・システムについての事例があるが、これに経営者がマーケティング活動を指示し、管理するために得た(あるいは得られなかった)情報によっていかに悩まされ、あるいはそれに関心をもっているかに関するものである。そして、マーケティング政策命令に関する事例だが、これは経営陣があらゆるマーケティング実施を指図しようとして用いる公式ないし非公式の政策である。わたしは、マーケティング主題とリーダーシップに関するその種の事例を多数収集した。

 わたしがマーケティング実施についての講座を開設した理由のひとつは、しばしば
最高経営幹部から、できたてほやほやの経営学修士は、概して立派な戦略家だが、市場でマーケティング計画を実施する段になると、「車3台ほどの葬式もやれん」といってこぼされたことである。3年間講座で教えてみた結果分かったのは、効果的なマーケティング実施法は、教育できるということだ。調査の結果からも明らかだが、マーケティング実施は、戦略形成と同じくらいに経営者が細かい配慮を与え、学問的に研究するのにふさわしいものである。

 巧みなマーケティング戦略を考え出すのは、それを会社・競争相手・顧客などの制約のもとで実行に移すのよりも、常にやさしい。例えば、従来の資材の3分の2しか必要とせず、現在のラインより180%も生産効率のよい新型の三角型パイプを発明したパイプ会社を例にとってみよう。新任のマーケティング担当副社長は、ユーザーにもたらされる価値に基づいて、この新しいパイプに高い価格を設定したいと考えていた。しかし、他の上級管理者や会社のマーケティング・システムや販売部門からの支援がないため、自分の戦略が阻止されることを副社長は恐れた。「この市場でやってゆくために、三代の管理者が身につけた一切のもの、全社あげての一切が、わたしに立ち向かってくるようで、とてもこういう革新をうまくとり入れられそうもない」と、この副社長はこぼすのだった。

 何をなすべきか、つまりマーケティング戦略は、この副社長にとって明らかだった。商品価値に見合った価格を設定し、現行ラインをとっぱらうように督励し、そして利潤を追求すればよい。だが、戦略をいかに実行すべきか、つまりマーケティング実施のほうは、解決が難しい。

 この同族経営の会社は、パイプを大量に生産しては、低マージンで成長性のない市場に販売することが慣習となっていた。毎年、事業を開始するときは高い利益率を確保しているのだが、競争の圧力と工場をフル稼動する必要性のため、やがて販売の最盛期であるのにもかかわらず、価格を引き下げざるを得なくなるのだった。工場の管理者には、1分当たりのパイプ生産高に基づいて給与が支払われた。販売部門は販売部門で、表示価格の引き下げを、せいぜい注文をふやし、手数料を確保する手段くらいにしか考えていなかったのである。

 トップ・マネジメントは、予算上高い固定費を設定し、パイプ自体よりもむしろ原材料の単位当たり販売価格を追跡するのに都合のよい測定システムを守ることによって、こういう商品志向的な雰囲気をいっそう強化していた。副社長は、新しいパイプの値段を設定したり、革新的なマーケティング計画を作ったりしても、この確固たる商品志向の業務のやり方とぶつかるだけで、何の効果も得られないことを恐れたのだが、それももっともなことだった。

 この事例に示されているように、マーケティング実施についての問題は、2つの構成要素をもっている。組織的な要素と人間的な要素である。組織的な要素の中には、価格政策・販売政策など会社のマーケティング機能や、この機能に基づいた計画、各種の管理システム、政策命令といったものが含まれる。もうひとつの要素は人間そのもの、つまりマーケティング任務の遂行に責任をもつ管理者自体である。