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政府や企業の政策立案担当者が、技術を統御し、技術的に優位に立つことが産業の活力や健全性を保つための鍵であると考えるときに典型的にみられる現象であるが、そうした努力が実際に何を生じさせるかについて誤解を脱しきれず、いつまでも尾をひく深刻な結果をもたらすことになりやすい。
"最適な潜在技術"("十分に役立つ技術"ではない)の追求、最も革新的な努力の成功への期待、既存の利用技術の拡張よりも本質的に新しい技術の開発に対する多大の信頼、技術的先進性の利用における企業間競争が現実に行なわれているという確信――これらは、マネジャーが決まって犯す誤りの一部である。
著者は、ゼネラル・エレクトリック社で技術開発を指揮した多年の経験に基づいて、こうした考え方によってもたらされる好ましからざる結果を示し、イノベーション活動を遂行するためのより適切な方法のアウトラインを述べている。
アメリカ産業界における技術革新の歴史を事実に則してみれば、その歴史が、無限の不確実性、尽きることのない不安の苛み、乏しい成功の見込みのなかでなおかつ達成された人間の活動の巨大な積み重ねであることは否定しえない。それにもかかわらず、非現実的な期待によって、そうした技術的能力は企業の資金調達の難易を大きく左右するものと考えられてきている。第2次世界大戦後の20年間、企業と国民世論は技術革新に対して一点の不信をももつことなく絶対的な支持を与えていた。
しかし、その後の10~12年の間に、技術革新はしだいに悪者扱いされるようになった。誤った目標を追い求めている、社会的要求に応えていない、有効な成果を挙げていないと考えられるようになったのである。とくに最後の有効な成果を挙げえないという点が最大の欠点とされた。
イノベーション活動に最も深いかかわりをもつ科学者や技術者は、技術進歩の速度、方向、性格についての誤解がもたらす結果を厳しく認識している。しかし、その科学者や技術者であっても、技術が何を提供しうるのか、技術の進歩を促したり妨げたりする力は何か、その力に対して革新能力はどの程度の速さで対応しうるのか、こうした点を明確に規定することは困難である。たしかに、いつ技術の断絶が生じるか、あるいはいつ既存技術の拡大、展開が行なわれるかをみきわめるか、という一事をとってみても、それを正確に判断することは、企業人にとっても、科学者にとっても困難である。
私は、ゼネラル・エレクトリック社でイノベーション活動の育成に携わったが、その29年間の経験をへた今でも、イノベーションの現実が脆く、不確実なものであることに驚かされる。しかし、簡潔ないい方をすれば、私は次のように確信している。イノベーションは成功するために行なわなければならないという挑戦的課題を純粋に現実的立場にたって理解しさえすれば、われわれは、その成果に対してより適切な評価を行なうことができ、失敗に際しても失望することがなくなり、イノベーションのプロセスを管理する能力を向上させうるはずである。
それでは、技術を管理するうえでの最も一般的な誤解を指摘し、それによる不幸な結果を示すことにしよう。
誤解:その1
技術の採否を決定する際の指標は、"最高最適なもの"という点におくべきであって、"十分役に立つ"ということではない。
"十分役に立つ"というのはエレガントではないかもしれない。しかしこの言葉は、ときに見過ごされることの多い事実、すなわち技術の採用に関するプライオリティーの決定や適正な達成目標の設定は、社会・経済的条件を考慮して行なわれるべきであり、また現実にそのように行なわれているという事実を正しく表現している。必要とされていない技術は、市場価値を持たないのであり、したがって開発する価値はない。同様に、顧客が欲するより以上の技術的成果は、ほとんどの場合、コスト面のペナルティを招くことになる。したがって、正しい目標は最高最善の技術を生み出すことではなく、十分役に立つ技術をつくり出すことである。



