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世界とそこに住む人びとが完全無欠であったなら、社内のマネジャー同士のロマンスも、他の恋人同士の場合と同様に、無数の詩人や作詞家が約束したような成果を生むに違いない。そして他の社員もそのおかげで仕事の能率が上がり、心機一転するかもしれない。たとえそのようなことが起こらなくとも、職場への影響はないものと思われる。
しかし現実には、愛の情念は明暗こもごもからみ合って、当事者ばかりでなく、上司や同僚あるいは部下にまで波及する。幹部同士の恋愛関係のインパクトは、両者の持つ権力、ひいては会社自体のそれと同程度、絶大な影響力をおよぼすものと考えられる。
この問題について著者は、「幹部同士の愛は組織の安定性を脅かすから、当事者はその点に留意するように」と説く。さらに、4件の事例をあげて、そうした脅威がどう表面化し、社内の各部門を巻き添えにしていくかを解明する。そして最後に、組織を守り、幹部社員の志気を持続するために、経営陣はなにをなすべきかを提言する。
男女一組のエグゼクティブが、3週間の出張旅行を終えて社に戻った。両者は仕事の成果に満足し、翌日の業務委員会を楽しみにしていた。その席で、シニア・エグゼクティブは、1年計画のプロジェクトについて、第1段階の進行状況の概要を報告することになっていた。だが、委員会の反応は意外であった。
当日、シニア・エグゼクティブが行なったプロジェクトの経過報告は、予期したほどの注目を集めなかった。むしろ、留守中の日程などの細目について、出席者ははるかに強い関心を示した。続いて、ジュニア・エグゼクティブも自信に満ちて、現地の状況を詳しく説明したが、ほとんど無視されてしまった。両者の出張中に、そのプロジェクトは、社内のゴシップのマトになってしまったのだった。
出張旅行中に、二人の間に"なにか"が起こったと、社内のスタッフは信じている、ということは明らかだった。この場合"なにか"は起きなかった。が、両者は周囲の反応を考慮して、たとえプロジェクトの完成が遅れ、成果に影響しても、今後は一緒に出張しないことにした。というのは、肝心のプロジェクトが危うくなり、二人の経歴にも傷がつくおそれがでてきたからだ。
いっぽう、このようなアプローチをとらない幹部も大勢いるに違いない。女性幹部経営者が増えるにつれて、出張旅行中あるいは夜遅くまで仕事をしているときに、なにかが起きるチャンスもますます多くなる。一般には、"ある夜のハプニング"として、二人ともさっぱりと忘れてしまうであろう。たしかにそうした関係は不純ではあるが、いつまでも尾を引かないかぎり、会社にとっては小さな問題に過ぎない。しかし、時折それが愛情関係にまで発展すると、企業に悪影響をおよぼすおそれがでてくる。
マネジャー同士の愛
会社の仕事を通じて、社員間の個人的関係が豊かになるということは、一般には考えられない。客観的な立場で、利害関係の対立を避けるためには、周囲の人びとと一定の距離を保つのが身のためだ、ということをマネジャーは心得ている。たとえ、利害関係や考え方が一致しても、公的な立場での制御と個人的感情とを切り離すのが常である。それができないとなると、個人的関係の中で最もデリケートな"ロマンスとセックス"という問題が起きる前に、両者は仕事の上で苦しい立場に追い込まれよう。
社内の二人のスタッフ間に芽生えた愛が、トップにとっての問題なのか、それとも会社全体を脅かすものなのかは、一部の人びとには早急に判断できかねよう。結局、愛とは世界を前進させる前向き(positive)な感情である。これに反し、羨望とか劣等感といった"後向き"(negative)の感情は、同じ職場で働く人に厄介な個人的関係を誘発することが多い。
ところで、この種の関係がいかに手に負えなくとも、上司と部下、あるいは同僚間の関係なら、二人の中でどちらが権力を持つか、周囲の人はほとんど知っているであろう。危険なのはマネジャー同士の愛情関係である。というのは、それは組織をゆさぶり、崩壊させないともかぎらないからだ("愛"の解釈についてはカコミ参照)。今日でさえ、男と女が愛し合うと、男性上位という伝統的な関係が生まれる。また、同等の地位にある上席マネジャー同士でも、古い時代の男女間のヒエラルキーが頭をもたげて、男女平等を破壊する。同時に、二人ともマネジャーであるために、両者のロマンスは社内の権力関係にも影響をおよぼすことになる。



