第1は、「卓越した現場知を殺さない」ことだ。従来のDXは、業務をできる限り標準化し、現場の知恵や裁量を縮減する方向に向かっていた。しかしそれは、現場の改善能力や創造力を削ぐ。日本型DXが目指すのは、卓越した現場知が最も発揮される核心部分――現場での判断、工夫、すり合わせ、例外対応など――を守り、磨き続けることだ。現場が力を発揮しやすいようデータの受け渡しや進捗の共有、部門間の連携といった部分を徹底的にデジタル化する。つまり、卓越した現場知を活かす連携基盤としてデジタルを使う。
第2は、「意味を壊さない」こと。たとえば、同じ「顧客」という言葉であっても、営業にとっては関係性のネットワーク、製造にとっては品質要件を定義する存在、研究開発にとっては将来市場の方向性を示す概念を意味する。この意味の差異は、各現場が長い時間をかけて最適化してきた知恵そのものだ。それを無理に均質化すれば、組織の知性はむしろ弱体化する。この問題を解決するのが、コンピュータに意味や文脈を理解させるセマンティック技術である。データとプロセスを意味や文脈と切り離さずに扱い、異なる部門・企業・文化が持つ意味体系を相互に「翻訳可能」にする。それによって、各現場の専門性を保ちながら連携を深めることができる。
第3は、「信頼を拡張する」こと。企業間の情報連携は従来、特定の企業による中央管理や契約によって成立していたが、データ主権を明確にしたうえで安全な連携を実現すれば、独立した組織同士がリアルタイムに呼応できる。これが「自律的同期」という新しい協働の形である。
自律的同期の仕組みが整えば、たとえば欠品情報が関係企業間でリアルタイムに共有され、AIを活用した新たな調達ルートの確立などサプライチェーンの最適化が自律的に進む。これはテクノロジーによって担保された信頼の下で成立する、新しい「協働」のあり方だといえる。
良質なアナログ時間が組織知の土壌になる
人間が新しい知恵や価値を生み出すには、この3つの原則だけで十分なのか。前川氏はこう答える。「沈思黙考の時間、仲間との侃侃諤諤の議論や何気ない雑談を交わす時間。組織の中で新しい知恵や意味が立ち上がるのは、そうした『余白』の時間からです」。ドリーム・アーツでは、深い思考と対話の時間を「良質なアナログ時間」と呼ぶ。
「良質なアナログ時間が組織知を育む土壌となり、意味のネットワークが形成されていきます」(前川氏)
意味のネットワークが豊かになるにつれ、組織は単なる業務の集合体を超え、一つの知的システムとして機能し始める。これが「組織知」の本質だ。
良質なアナログ時間には、もう一つの役割がある。人が持つ知識や経験の思いがけない交錯から生まれる発見、すなわちイノベーションの源泉となる「セレンディピティ」を引き寄せることだ。デジタルは圧倒的な情報処理能力を提供するが、セレンディピティを引き寄せるのは人の情熱や想像力である。だからこそ、デジタルによって生み出された余白を、良質なアナログ時間として意識的に守り抜くことが、これからの経営の重要な課題になる。
リーダーは問いを立て、対話を支え、意味を束ねる
組織には、部門ごとに異なる意味や組織知が存在し、それぞれが独自の合理性を持って行動している。この多様性は組織の強みだが、束ねる力がなければ方向を失う。それぞれの意味や組織知が互いに響き合いながら一つの大きな方向へ収束していく状態をつくることが、リーダーの役割だ。命令や統制によって人を動かすのではなく、問いを提示し、対話を支え、多様な意味をすり合わせて、組織知を未来の価値創造へと導く。これが、協創のリーダーシップである。
その役割は、経営層だけが担うものではない。現場知を経営とつなぐハブとなるミドルマネジメント層の存在こそが、日本型DXの組織実装において大きなカギを握る。「ミドルマネジメント層に協創リーダーが存在するかどうかが、これからの企業の競争力を大きく左右します」と前川氏は述べる。
信頼を基盤とし、現場知を尊重し、意味をつなぎ、組織知を育て、協創、そして日本型DXへと導く。ドリーム・アーツが描く「日本型DX―意味を扱うDX―」とは、日本企業が本来持つ強みをデジタルによってより高い次元へと転換する、経営の再設計そのものである。
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