最新のコンピュータ・エイデッド・マニュファクチャリング(CAM、コンピュータ援用生産)装置は、従来の能力の単なる延長、拡大を約束するにすぎないのであろうか。否、とCAMの可能性を熟知しているマネジャーはこれを否定する。しかし、彼らマネジャーの属する企業の大多数の資本予算作成手順に従えば、その回答は肯定的になる。外国との競争に悩まされ続けている米国企業にとって、このCAM技術が救いの手となる利点をもつことは事実である。

 しかし、製造企業において、CAMの導入、実用化をめざした、企画申請書の検討に用いられる手順に従うならば、CAM設備の購入は延期されてしまうか、あるいは購入されたとしてもその適用の範囲は極めて限定されたものでしかなくなることは、ほぼ確実である。

 著者が明らかにしているように、CAMは完全な統合生産システムへの重要な一歩を意味しており、したがってそれを切り離したものとしてではなく、そうした統合システムの一部として考えるべきである。米国のマネジャーは、この点をはっきりと理解、認識することが必要である。

 米国のマネジャーたちは、コンピュータ援用生産(CAM)の新たな発展の成果を、米国産業の力の修復、強化のために利用することに、従来必ずしも積極的ではなかった。CAM技術はその大部分が米国生まれであるにもかかわらず、国内で利用されているものはその巨大な潜在的可能性を引出すには至っていないし、あるいは外国での適用の広がりに比べても遅れてさえいる。なぜこういうことになってしまったのであろうか。

 CAMに関連する経営意思決定についての私の研究から、マネジャーはCAMに期待される自社への寄与を分析する方法をまだ学び取っていないことを指摘することができる。マネジャーは依然として、

 CAMの採用に際しては、それが設備や機器の調達に際して通常使われるものより、広範囲な分析を必要とするある特殊な技術であることを認識していない。

 新しい設備の企画申請書の起案、作成の際にはボトム・アップ方式に依存している。

 この企画申請書の検討、評価のためには、旧来の資本予算作成法に頼っている。

 CAM技術の真の有効性は、ある生産プロセス上の特定の位置におかれたもう1台の工作機械としての使い方(しかも、この1台の工作機械によって、その生産プロセスが変化するわけではない)にあるのではない。

 それとは対照的に、CAMの有効性は、近接する作業工程を相互にかつ統括的なコントロール・システムのもとで統合しうる能力にあるのである。CAMはシステマティックな――「点」としてではない――能力を与えるものであり、したがって、その購入の決定もパフォーマンスの評価も、旧来の方法に基づいて行なわれるべきではない。とはいえ、ある電気機器メーカーの上級管理者のいうように、「長年の間、資本配分についての意思決定を経験してきている企業は、そのほとんどが、わが社と同様に新規の企画申請書の作成・評価方法を確立しており、それで十分に満足している」ことも事実である。