一時的な生産性の低迷を耐え忍んでAIを使いこなせるか
――なぜ、適用範囲が限定されてしまっているのでしょうか。
水上 現在の生成AIは、理論上は業務効率化だけでなく、戦略立案や経営判断などの難度の高いタスクにも対応できる可能性があります。しかし、現実には、どのような高度なタスクに使いたいのかというゴールが先に描かれないまま活用が進んでいるのが実情ではないでしょうか。それが、ポテンシャルを十分に引き出せていない状況として表れているように思います。
一般に生成AIは、長期にわたって使えば使うほど、高度なタスクへの活用が多くなるといわれており、活用の勘所がわかってくるものです。だからこそ、あらかじめ「こういうことを実現したい」という目標を設定し、そこからバックキャストして計画的・段階的に適用範囲を広げていくことが重要ではないでしょうか。
シニアエコノミスト
水上 啓氏
伊藤 私も同意見です。加えて、生成AI活用に関する「心理的ハードル」の高さも、適用範囲が限定されてしまう原因なのではないかと私は見ています。日本企業の場合、経費処理などの社内業務に関しては、心理的ハードルが低いので生成AIの活用が進んでいますが、社外にデータを提供する業務への活用には極めて慎重です。
ハルシネーション(幻覚、もっともらしい誤り)などを十分にチェックしなければならないので、使うこと自体をためらう企業が少なくありません。海外企業のように、意図しないアウトプットに対する管理策を講じながらトライアル&エラーで活用の幅を広げていく姿勢も大切です。
シニアエコノミスト
伊藤 篤氏
藤川 失敗を減らすにはリスク管理やガバナンスの強化が欠かせませんが、実はそうした体制を強化すると、むしろ生成AIの活用度が上がるという意外な効果も明らかになっています。運用や活用のルールをしっかり整え、安全に使える環境を与えれば、活用はどんどん広がっていくと考えられます。
――日本企業によるAIへの投資状況はどうでしょうか。
伊藤 確実に増えていると思います。昨今の急激なインフレによって日本企業の投資余力は高まっており、生成AIに限らず、無形資産への投資額は拡大に転じているからです。
ただし、海外企業による投資実績とは、まだ比べものになりません。理由の一つは、生成AIを導入しても、慣れるまでの数年間はむしろ生産性が下がり、その後、徐々に生産性が上がる傾向があることです。私たちはこれを「AI版Jカーブ効果」と呼んでいます。生産性が低迷する一時期を耐え忍び、その後の飛躍的な生産性向上を目指すという長期的なビジョンを掲げて投資できるかどうかが問われています。
――PwC Intelligenceは、先頃上梓された『産業融合 インテリジェンスから解く分断・統合・再興』の中で、世界で政治的な分断が進行しているものの、産業に関してはむしろ融合が加速するという見立てを示しています。AIの進化と普及は、産業融合にどう影響するでしょうか。
水上 そもそも、なぜ私たちが産業融合を予見しているのかについて簡単に説明します。
ご指摘の通り、今日の世界は地政学的な問題によって分断が進んでいますが、それでいくつかの陣営が生まれると、各陣営における経済や産業のブロック化が進み、結果としてブロック内におけるつながりは強固になっていきます。つまり、世界の分断が進むことによって、むしろ産業の再構築と融合は加速するのです。産業が融合することで、産業の機能構造そのものが再編されます(図表2)。その新たな構造、すなわち産業アーキテクチャの中で、どの産業分野にいるかではなく、どの機能で価値を出していくかが問われる時代になっていくと思います。
図表2 再編される産業構造:新たな産業アーキテクチャの構築
『産業融合 インテリジェンスから解く分断・統合・再興』では、そうした産業構造の変化が、各産業分野にどのようなインパクトをもたらし、変貌を迫ることになるのかについて解説しています。