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以前の方式によると、エンジニアが製品をデザインし、それを基に製造担当者が製作、完成した製品を品質担当者が検査して、マーケティング担当者の手で販売ルートに乗せる。もしなにか問題があれば製造部門がそれを修正する。品質とは企業経営の総合的アプローチとしてではなく、製品の成果を事後に統計的に測定するものと考えられていた(千ユニット当たりの欠陥件数、仕様外件数、欠陥率の増減など)。
そして、各社の品質管理は、少数の地位の低い品質測定担当者の手に委ねられていた。しかし、著者たちが指摘するように、品質の格差が計り知れないほどの戦略的価値を持つ今日においては、そうした時代遅れの考え方はもはや通用しない。
品質管理を徹底するためには、デザインから販売まで、連続的な製品開発の各段階での意思決定が、品質にどう影響するかという点に注目する必要がある。加えて、各製品ラインの品質改善について最も効果的な手段を慎重に確認しなければならない。このような発想の転換はむろん容易ではないが、可能である。ますます激化する国際競争のなかで、そのようなチャレンジに背を向ける企業は、自滅への道をたどるしかない。
多くの消費者保護論者、官僚、経営コンサルタント、経済記者をはじめ企業経営者に至るまで、いまや品質保証のラベルは、"メイド・イン・USA"から"メイド・イン・ジャパン"に変わったと信じている。だが、そのような見方はたいへんな見当違いである。厳密に見て、アメリカの製品・サービスの質は史上最高の水準に達しているといっても過言ではない。次の数例の製品・サービスがこの事実を端的に証明している。RCAやジーナスのテレビ、デジタル・エクイップメント・コーポレーションやIBMのコンピュータ、リーバイ・ストラウスやラングラーのジーンズ、AT&Tのテレホンサービスなど。
それではなぜアメリカ製品・サービスの質が低下したという見方が広まったのであろうか。原因の1つと考えられるのは、国内メーカーのシェアを奪った外国勢が、アメリカの製品、サービスの質的弱点を攻めるのではなく、自国の製品・サービスがいかに優れているかを、主として市場戦略のねらいとして掲げてきたことだといえよう。日本勢をはじめ、フォルクスワーゲンやフィリップスのようなヨーロッパ勢も、過去20年間にわたって、輸出増強の国家戦略の一環として、品質の向上に執念を燃やし続けてきたのだ。
特に、日本のメーカーは世界市場で競争相手にまさるともひけを取らない高品質の製品を、同等以下の価格で提供すべく固く決心したのだった。過去においては、アメリカ企業は国内の一般市場で互いに競争しあい、市場の頂点は高価格・高性能の輸入品(ベンツ、オメガ、セイコー、ニコン、ハッセルブラドなど)、そして底辺は、低価格・低性能の輸入品に開放してきた。しかし今日では、多くのアメリカのメーカーは、消費者・産業両市場で日本を最もてこわい競争者とみなしている。例えば、GMやフォードはトヨタの動きを注意深く見守り、キャタピラーは小松から目を離さない。一方、IBMは富士通ファコムに多大な関心を持ち、RCAはソニーの一挙手一投足を監視している。
このように日本の輸出戦略の成功は、アメリカのみならず広く世界市場の競争基盤を一変した。いまや製品・サービスの品質が、市場シェア競争の勝敗を決する大きな要因となったのだ。しかし、このほかにも次のようなことが考えられる。アメリカの製品・サービスの質が低下したという見方がなぜ広まったのか、その原因を探ると、日本のメーカーのめざましい成果のほかに、品質のよい製品への需要が高まったということが分かる。このような需要内容の変化の要因として、次のような重要な点があげられる。
1. インフレ率が急激に上昇したため、消費者は使い捨て製品より、耐用年数の長い耐久消費財志向を強めた。
2. エネルギーコストが急騰したため、消費者の需要は省エネ製品・サービスに移行しつつある。
3. 修理・保全コストが上昇したため、消費者は保証書や修理回数の記録などに、ますます関心を示している。



