ピグマリオンとは、ギリシア神話に出てくる彫刻家のことである。この彫刻家は、美しい女性の像を彫ったところ、その像は神から生命が与えられた。ジョージ・バーナード・ショウの戯曲『ピグマリオン』(大当たりのミュージカル、"マイ・フェア・レディ"は、これを翻案したもの)は、どこかこれに似たテーマを取り扱っている。その趣旨は、ひとりの人間が努力と意志によって、他の人間をまるっきり別人のように変えてしまうことができる、ということだ。マネジメントの世界でも、多くの経営者はピグマリオンのような役割を果たしていて、有能な部下の能力を引き出しては、その業績が上がるように叱咤激励している。それに成功する秘訣はなんだろうか。それができる管理者は、優秀な部下をうまく育成できない管理者と、どう違うのだろうか。企業の若くて才能のある人たちが、転々と職をかえては幻滅してゆくという問題と、これら一連のことは、どんな関連をもっているのだろうか。以上が、ここで論じている問題である。この論文のタイトル、Pygmalion in managementをつけるきっかけとなったのは、ロバート・ローゼンタール教授とレノール・ヤコブソンの共著「教師が育てるマイ・フェア・レディ(原書名Pygmalion in Classroom)」であった。これは、期待をかけることが児童の知的発達にどれほどの効果をもたらすかについて記述した本である。

 ジョージ・バーナード・ショウの戯曲「ピグマリオン」(邦訳は『バーナード・ショウ名作集、白水社刊に収録。邦訳名「ピグマリオン」倉橋健訳)の中で、イライザ・ドウーリトルは言う。

「おわかりでしょう、(着物の着かたやシャベリかたなど)習ったりおぼえたりできることは別として、ほんとうのところ、レディと花売娘との違いは、どう振舞うかということではなく、どう扱われるかということにあるのです。ヒギンス先生にとっては、あたしはいつまでたっても花売娘なんです。先生はいつだってあたしを花売娘として扱っていらっしゃるし、これからもずっとそのおつもりなんです。しかし、あなたの前では、あたしはレディでいられるんです。なぜなら、いつもレディとして扱ってくださるし、これからもそうでしょうから」(前掲書より引用)。

 管理者の中のあるものは、どんなときでも部下の扱い方がうまく、部下にすぐれた業績を上げさせることができる。ところが、たいていの管理者は、ヒギンズ教授同様、部下の扱い方がまずいため、部下に実力以下の悪い業績しかあげさせることができない。管理者が部下にどれだけ期待しているかによって、部下の扱い方は、微妙に変化をするものだ。管理者の期待が大きければ、生産性は向上する見込みも大きい。期待が小さいと、生産性も低くなりがちだ。まるでひとつの法則があるかのように管理者の期待に合わせて、部下の成績は上下する。

 ある人間の期待が、他人の行動に及ぼす影響力の大きさは、かなり以前から、医師や行動科学者によって、またもっと最近では教師によって注目されてきた。しかし、管理者の期待が、個人や集団の業績を向上させるために重要な意味をもっていることは、これまであまり広く理解されていなかった。わたしは、過去10年間にわたって主な産業界のためにおびただしい事例研究を実施してきたが、その中で、この現象について実証的に論じてきた。こうした事例研究に加えて、さらに他の科学的研究が積み重ねられた結果、つぎのような事実が明らかになってきたのである。

 ・管理者が部下に何を期待し、またどのような扱い方をするかによって、部下の業績と将来どれだけ昇進できるかは、ほとんど決まってしまう。

 ・優れた管理者の特質とは、高い業績を達成できるのだという期待感を部下に持たせる能力のことである。

 ・無力な管理者は、こうした期待感を持たせることができず、その結果、部下の生産性も向上しない。

 ・部下は、自分に期待されていると感じていることしかやらない傾向が強いようだ。

生産性に対するインパクト

 管理者の期待が生産性に及ぼす影響について、きわめて分かりやすく説明している記録のひとつは、1961年に行なわれた、組織内実験の研究報告だ。これは、メトロポリタン生命保険会社のロッカウェイ地方支社支社長、アルフレッド・オーバーランダーによって実施されたものである(1)。その観察結果によると、成績が抜群によい代理店は、平均並みかそれ以下の代理店より成長率が大きく、また成績のよい代理店にいる新人の勧誘員は、セールスマンとしての適性いかんにかかわらず、平均ないしそれ以下の代理店にいる新人より、よい成績をあげていた。そこでオーバーランダーは、もっとも優秀なものを集めて、ひとつのチームに編成することに決めたのである。成績向上心を刺激し、新人セールスマンを挑戦的な環境に投入しようとしたのだ。かくして、もっとも優秀な勧誘員6名が、もっとも優秀な副支配人の下に配属され、同じく6名の平均並みの勧誘員が平均並みの副支配人の下に配属され、残った実力のない勧誘員はもっとも能力のない副支配人の下で働くように命じられた。そして、最優秀チームには、前年度に代理店全体で達成した保険成約高の3分の2を確保すること、を要求したのである。その成果について、オーバーランダーは、つぎのように語る。