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予測の利用はたいていの会社において、短期的な予報を出す場合に限られているが、これはひとえに、最高経営幹部が経済学者の能力とその手による長期予測を信用していないためである。だが、モデル手法を戦略的な経営の正当な後継者と認めない企業は、重要な経営ツールをひとつ見落としているといってもよい。
本稿において著者は、10年間にわたって、特定の市場のいちばん重要な変動の動向ばかりか、競合会社が市場に対応してどんな投資行動に出るかについても、予測が極めて正確に予知できるようになったことを、資本集約的な業界を例にとって年代記風に述べている。これほど高い成功率を見せられれば、予測が多くの会社にとって競合戦略のカナメであるという主張にも説得力がある。この技法を用いようとする経営者は、競合会社の行動がどんな戦略方針に基づいているかを正しく把握しなければならない。そして、そのことによって、自社の行動も一層よく理解できるようになる。これが、戦略を成功に導くための重要な鍵なのだ。
1970年代は、予測とモデル構築にとって権威失墜の時代であった。このことは多くの会社で予測をやらないという意味ではない。ビジネスの計画に当たっては、予測を無視することなど、そもそも不可能だからである。ただ企業は、時系列その他の確かなデータに基づいて、そのものずばりの需要や販売の予想を立てることに血眼になっている。経営者は何ごとにつけても、正確に予測するという点では企業内計画立案者の能力をあまり信用していないが、それは需要予測は別としても、一般に正しい予測が極めて少ないことにもよる。予測の結果は、いかにもあやふやな形で提出される(そして、予測を用いたためひどい結果になる)ため、"予測は立派な人間のやることではない"という、ドラッカーの例の辛辣な前提に、誰も同意したくなるのだ。
すべてのことは予測できるなどと主張するつもりはない。しかし、"〈ある特定のことがらだけ〉を予測できると考える人はいない"という意見には賛成だ。だが、うまくモデルを構築してやれば、投資戦略に不可欠な情報の基礎をしっかり築くことができる、といいたいのである。
わたしはこれから、約10年にわたって、ある産業市場に用いたシミュレーション手法の成果について論じようと思う。類型的ないい方をすれば、資本集約的な業界において、企業は価格と供給量を知るために予測手法を用いる。この手法はそのために必須のツールであって、これがあれば会社は市場の能力を想定し、競争に打ち勝つ意思決定のための優れた戦略計画の枠組みをつくることができる。
成功の秘訣は何か。このモデルは、企業が自社の市場における地位を保持しようとしてとる行動と同じくらい詳しく、競合会社の行動について教えてくれる。というのも、このモデル構築においては、企業は競合会社の意思決定を左右する基本的な要因を明らかにすることが必要だからである。その際、モデルにおいては、競合会社が合理的な行動をとることを前提としない。万一、競合会社が合理的な行動をとった場合には、モデルは作動しなくなる。実際のところ、競合会社がパブロフ流の単純な行動に走る、つまり結果を考慮することなく、外部の刺激に単純に反応すると仮定したときにのみ、正しい予測が行なわれる。
つまり、競合している企業の投資行動というものは、明日の収益を慎重に計算して行なうのではなく、今日の利益を目当てに同レベルで行なわれるのだ。ある会社の価格決定行為は、競合会社のさらに過激な価格政策に直面させられる。犠牲になるのは、業界全体の採算だ。
このシミュレーションを活用することによって得た教訓だが、会社が成功するための秘訣は、パブロフ的な反応をするのではなくて、競合会社の行動を把握し想定し、場合によっては英断をもって業界の周期に逆らうような投資決定を行なうことである。それが明日の価格を左右する。
また企業は、自社の(そして競合会社の)対市場意思決定が、将来どんなインパクトを及ぼすかを見通すことも学ばなければならない。ついで、競合会社による業界生産能力の増強の影響を、業界競合ダイナミックスの立場から評価することも必要である。そして、いちばん肝心なのは、投資のタイミングによって成否が分かれることに気づくことだ。
このようなモデルが、実はまだ完全にできあがってはいないことをはっきりいっておく必要がある。学習の過程はまだ続いているのだ。戦略プロセスの中に組みこまれてゆくにつれ、また具体的に明らかな変数もそうでない変数もリファインされてゆくにつれ、シミュレーションは進展する。変数のあるものはそのまま保留され、他のものは一緒にして放り出される。結局のところ、市場(マーケットプレイス)はどのように変化しても、市場についての知識はふえてゆく。祭壇にまつりあげたハード・データ(堅い数字)しか信奉しない人びとは、あらかじめこうした点での注意が必要だからという理由でこの手法を排斥しているが、このような注意が必要だからといって、モデルの有用性は少しも損なわれないのである。



