無知・無学の価値を知る

 知的資本こそ唯一最大の資産であると企業が気づき始めたことから、「最高ナレッジ・マネジメント責任者」、いわゆるCKOが重役室入りするようになってきた。

 このCKOに加えて「CIO」もそこに加わる時代がいよいよ到来するかもしれない。ただし、このCIOのIはインフォメーションのIではなく、「イグノランス」(無知:ignorance)のそれである。

 貴重な経営資源としての「無知」には、これまでほとんど関心が払われてこなかった。ただし、無限に再利用できる知識と異なり、無知は一度だけしか使えない。知らなかったことを知ってしまえば、知らなかった状態に戻ることは難しい。

 そして、無知の状態から抜け出してしまうと、もう一度頭を空っぽにし、自分の感覚や判断を駆使して新しい知見を探し出すことは難しい。むしろ、使い古された手順をたどって答えを見つけようとしがちだ。

 それゆえ、知識はイノベーションの妨げとなりかねない。一度解決された問題は、あまねく解決済みのものとして扱われる。時として、これが悲惨な結果を招くことすらある。

 我々はさまざまなことについて、自分が無知であることを気持ちよく認める。しかし、自分の専門分野においては知識豊富であることを主張し、健全な無知や無学(nescience)を養おうなどと考えはしない。