暗黙知をいかに表出させ、形式知化するか
木村 似ている取り組みとして、「社長AI」が流行りました。話された情報から思想・考え方を学習させて、その方らしい反応をもらう。今回のナレッジ継承AIはそれらと比べて非常に難易度が高い取り組みです。現場で数多くの難しい課題を乗り越えてきた練達の所長の、経験によって行っている動き方をAIエージェント化する必要があります。加えて、すべてのナレッジが形式知化されているわけではない。実践的なレベルにするためには、暗黙知の形式知化を進める必要があります。
建設業・住宅業・エンジニアリング業界
パートナー執行役員
木村安孝氏
島田 実は、それがとても難しい。外から見ると「すごい知見だ」と思えるようなことでも、本人は何気なく実行している。そんな活動が多いので、暗黙知が暗黙知のまま所長の中に留まっているのです。
宮代 個人の中に埋もれた暗黙知を表出させるには、適切な刺激が必要になりますね。
島田 業務や作業のゴールをイメージしながら「どうやって、その工夫を思いついたのですか」と水を向ければ、所長は「工夫というほどのものじゃないけど」と言いながら詳しく説明してくれます。こうして、ようやく形式知を取り出すことができます。質問者の技量と業界知識が問われます。
宮代 先日、仙台の定置工事事務所所長へのインタビューに参加して、幅広い知見が血肉化している所長のすごみを感じました。ナレッジの厚みに感銘を受けましたが、所長の中でそれが体系化されているわけではないと思います。その暗黙知を取り出す際には、大林組とPwCコンサルティングの役割分担が重要でした。初回インタビューでは、ポイントを広く教えていただきたかったのでなるべく話しやすい形式で、リニューアル部の方が専門知識に基づいて上から下まで順番に質問を投げかけた一方で、私たちは形式知化とAIエージェントへの実装を見据えて補足質問を行うというスタイルでした。
建設業・住宅業・エンジニアリング業界
マネージャー
宮代知明氏
島田 仙台の所長の話はいかがでしたか。
宮代 印象に残っているのは、お客様の建物への愛着をどう推し量るかという話です。建物・設備の点検の有無、頻度などが重要な指標になるとのこと。現場の場数を踏んで、ようやくつかめる類いの知見だと思います。その種のナレッジは数多く、全国の定置工事事務所に暗黙知として埋もれているはずです(図表2)。
中嶋 インタビューの後、所長から「今日はよかった!」との感想をもらいました。きっと、自身でも気づいていなかったノウハウの存在、そして、その重要性を再認識されたのでしょう。最近社内のさまざまな会議で、ベテラン職員のナレッジを継承するためにAIを活用できないか、という話を頻繁に聞くようになりました。
木村 非常によいインタビューができたと思います。一方で、2回目以降のインタビューでは、ナレッジをより構造化・体系化させ、深みを持たせることが重要になります。それはどの業務プロセスに対するナレッジで、どのような文脈・条件下において発生し、どのような目的・意図で、何を根拠に判断しているのかなどについて整理していく必要があります。専門的には、概念や関係を定義するオントロジー、それに基づいて知識を表現するナレッジグラフ、そしてデータベース上の項目と業務上の意味を結びつけるセマンティック・レイヤーといった考え方に近いものです(注)。最近はAI文脈でよく聞く言葉ですが、要は組織や業務、データについて、AIが理解できる形で整理しモデル化するということです。コンサルティングやBPRでは昔から行われてきたことを、AIの活用を前提に行うということです。
(注)オントロジーとは、「部門とは何か」「プロジェクトとは何か」という意味や関係を定義する枠組み。ナレッジグラフとは、オントロジーで定義した概念や関係に基づいて、人、部門、プロジェクトなどの実態とその関係を表現した知識のネットワーク。たとえば「AはB部門に所属する」「BはXプロジェクトの責任者である」といった事実を、意味的に一貫した形で構造化したもの。セマンティック・レイヤーとは、データベースの技術用語と、業務で使う言葉を結びつける意味づけ層。AIが自然言語で理解・質問できるよう意味づけし、文脈を理解できるようにする。
また、一言で「ナレッジ」と言っても、文脈や人間関係に大きく依存するものや、合理的なルール・ロジックによって成果が大きくなったり小さくなったりするものなど、その性質によって引き出すアプローチを変える必要もあります。そういったナレッジの分類や、構造化するためのフレームワークを活用することで、AIエージェントの精度を向上させます(図表3)。
図表3 ナレッジの分類とアプローチ
木村 ナレッジを残したいと考えているベテランも、それらを求めている人もさまざまな部門にいると思います。この取り組みは1回で終わらせるものではなく、大林組全体に広げるべきだと考えます。