日本の製造業が生き抜くカギは
比較優位の強化と生産性向上

 日本の製造業は現在、就業者数が約1000万人、付加価値総額は約120兆円に達している。G7主要先進国の中で、製造業が国内総生産(GDP)の20%を超えるのは、日本とドイツだけだ。とはいえ、推定1億数千万人が製造業に従事する製造大国である中国に比べれば、日本の製造業は「中規模」にすぎない。

 その日本の製造業は今後、どのような戦略を採るべきか。大国(米国や中国)が自国本位の産業振興策を一方的に押しつけてくる中、中規模国家・日本は、これに惑わされず、国際ルールに則った経済合理的な戦略を採るのが得策である。

 では、経済合理的な産業競争力戦略とは何だろうか。産業学の原点にある古典経済学に立ち戻ってみよう。

 まず、自由貿易と「比較優位」である。2国間の国際賃金差を前提に、物的労働生産性が他国に比して大幅に高い「比較優位」財を集中的に生産・輸出する一方、そうでない「比較劣位」財は輸入し、「貿易の利益」を得る──。デイビッド・リカードが確立して以来、200年以上にわたり不変の経済原理である。

 次に、アダム・スミスが『国富論』の冒頭で論じた、「生産性向上」と国民の富の増加である。現代において、国単位の富は付加価値(GDP)で測定され、その生産性は付加価値生産性で測定される。

 人口減少基調が続く日本において、これら先人が示唆する製造業を振興させるための指針は、勝ち筋の見える「比較優位産業」を強化し、それを「付加価値生産性の高い産業」へと進化させることである。要するに、「比較優位財への集中」と「付加価値生産性の向上」だ。

日本の製造業は縮小していない

 一方、日本経済が減速した1990年代以来、日本の製造業に関して、客観的根拠の怪しい「日本製造業衰退論」「空洞化論」が数多く語られてきた。これに対し、1000カ所以上の現場を観察し、統計データを確認し、産業学の論理を模索していた筆者は、少なからず違和感を持った[注1]

 過去30年にわたる「日本製造業衰退論」は、製造業の付加価値額、付加価値生産性、工業製品輸出入などの産業統計をよく確認せず、一部の衰退業種(たとえばテレビ産業)の動向を製造業全体と混同し、現場の生産性向上活動の実態を軽視するなど、実証的・論理的根拠の乏しい議論が多かった。

 その結果、「日本の製造業は1980年代は無敵」→「1990年代以降は一方的に衰退・縮小」→「したがって日本は古い製造業を捨ててデジタル系の新産業へ乗り換えるべきだ」といった、やや流行追随的な新産業論が多く見られた。新産業は無論重要だが、その偏重は安定した産業競争戦略を生まない。そこに欠けていたのは、「どの産業なら勝てるのか」という現実主義的な「比較優位」意識であり、まさに経済学の原点にあるロジックである。

 これに対し筆者は、産業競争力の分析には、安定的な論理と歴史観が必要だと考える。具体的には、「組織能力」(Capability:ケイパビリティ)と「設計思想」(Architecture:アーキテクチャ)の適合が設計由来の競争優位(Performance:パフォーマンス)を生むとする「CAP産業競争力分析」と「設計の比較優位説」である。一貫してこれを、戦後および冷戦後の製造業に適用してきた。