「『忙しいからよろしく』と丸投げをすると、行間が読めず、要求と違うものができ上がり、リワーク(やり直し)が発生します。そのため最近は、顧客側に入り込んで日々コミュニケーションを重ねながら一緒につくり上げる、共同開発的なアプローチが求められています」
このような課題を解決し、環境変化に俊敏に対応するために、近年では「アジャイル型(変化適応型)」の手法を取り入れる企業が増加している。
「2週間や1カ月ごとの区切りでレトロスペクティブ(振り返り)を行い、要求がどう変わっているのかをチェックして次の計画を立てるのがアジャイル手法です。IT開発ではアジャイルが回しやすいですが、製品開発などでは予測型で進める案件も多いため、全体のウォーターフォールの中に部分的にアジャイルを混ぜる『ハイブリッドアプローチ』が最近の主流になっています」
このようにプロジェクトマネジメントにはさまざまな種類が存在しているため、自社のプロジェクトに合うように基本手法をカスタマイズする「テーラリング」が必要となる。さらに、複雑なプロジェクトを円滑に進めるため、デジタルの力も不可欠となる。
たとえば、当麻氏の研究科では、プロジェクトのデジタルツインをつくり、納期やコストのシミュレーションを行う「モデルベース・プロジェクトマネジメント」のツールを取り入れているという。また、最近はAIを用いて過去のデータから起こりうるリスクを予測し、予防策を提案させるといった活用も進んでいる。
「ただし、実際に何か他社と違う新しいイノベーティブなものをつくろうと思った時、AIは過去のデータに基づいて答えを出すだけです。顧客が何にどう共感して価値を感じるかといった人間の感覚的な部分は、依然として人間のクリエイティビティ(創造性)が重要な役割を持っているのです」
プロジェクト終了後の「価値創造」を見据える
それでは、不確実な状況下で難度の高いプロジェクトを回す次世代PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)には、どのようなマインドセットが必要なのか。
「一番大事なのは、みずからの活動が外部とどう影響し合っているのかという全体像を理解することです。これを『システムズアプローチ』と呼んでいます。枠の中だけを見ていればよかった従来の新製品開発とは異なり、枠の外にある複雑な要素を見渡し、要素間の関係性を包括的に捉えて俯瞰する力が求められています」
同時に、全体を俯瞰し円滑にプロジェクトを進める体制を構築するには、「組織文化」の変革も欠かせない。
「いまや『俺の言う通りにやれ』というカリスマ的リーダーシップは時代に合わなくなりました。最新のテクノロジーを素早くマスターする若手社員たちが活動しやすい状況を下から支える『サーバントリーダーシップ』が有効です。そして、上下関係を気にせず堂々と意見が言える『心理的安全性』の環境をつくることが重要となります」
さらに当麻氏は、今日のプロジェクトマネジメントにおいて最も重要なのは、プロジェクト終了後の「アウトカム(価値創造)」を見据えることだと強調する。
「従来のプロジェクトは、QCD(品質・コスト・納期)を達成すれば成功とされました。しかし、オーストラリアのシドニー・オペラハウスや、米ボストンの地下トンネル計画(ビッグディグ)は、当初は予算や納期を大幅にオーバーして失敗といわれましたが、結果的に長期間にわたり市民や観光客に計り知れないアウトカムをもたらしました。予算内に収めることも大事ですが、プロジェクトが終わった後に『何が生み出されるのか』までを想定しておくことが、いまのPMOには求められています」
1988年慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了後、3M社の日米両国で計20年間、製品開発スペシャリストとしてグローバル市場に多くの新製品を導入。2008年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科准教授、2016年より現職。2019年から1年間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)訪問研究員。PMI日本支部副会長、日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)理事、国際P2M学会理事、日本創造学会副評議員長、横浜未来機構 フェロー。主な著書は『システムデザイン・マネジメントとは何か 第2版』(共著、慶應義塾大学出版会、2023年)、『改訂4版 P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック』(改訂委員長、日本プロジェクトマネジメント協会編著、日本能率協会マネジメントセンター、2024年)など。
長期的なアウトカムを生み出すためには、PMOの努力だけでなく、企業経営者の理解とコミットメントが不可欠である。同時に、PMOやプロジェクトマネジャーは、現場の声を聞きながら、経営層を巻き込んでサポートを引き出す「エンゲージメント」を果たさなければならない。
「これからのPMOには、全体を俯瞰し、多様な考え方を受け入れて論理的にデータに基づき判断し、人や組織を調整する能力が重要となります」と強調する。