同氏によれば、プロジェクトの数が増え、同時並行で進むだけでなく、変革テーマそのものが複合化しているのが現在の経営課題の特徴だという。戦略、業務、IT、組織、人材、ガバナンスが複雑に絡み合うため、一つの部門やシステムだけでは解決できず、価値を創出してから成果として回収・定着させるまでのプロセスが分断されやすいのだ。
大学卒業後、アルテミスビジネスコンサルティングを経て、2010年よりイノベーションマネジメントの創業期に参画。製薬、自動車、医療機器、エネルギーなどの多様な業界において、ITを起点とした業務変革やソリューション導入を支援。業界固有の課題を捉えつつ、ITソリューションを媒介に業界を横断した知見の展開と価値創出に取り組む。現在はディレクターとして、ITビジネス全体をリードし、新規ソリューション開拓、パートナーアライアンス、ビジネスディベロップメント、デリバリーまで一貫して担う。経営学修士(MBA)。
同じく同社ディレクターの佐藤祐也氏は、変革の最前線である自動車業界を例に挙げる。
「現在、自動車業界はEV(電気自動車)やSDV(ソフトウェア定義型自動車)への転換が進み、従来のものづくりや組織の枠組みでは対応できない状況に直面しています。これまでのように戦略を既存の組織構造に当てはめて実行するのではなく、戦略をプロジェクトとして推進する『プロジェクトドリブン』な組織へのシフトが急務となっているのです」
大学卒業後、アルテミスビジネスコンサルティングを経て、2010年よりイノベーションマネジメントの創業期に参画。製造業を中心に、業務変革、戦略ロードマップ策定、製品開発支援など、多岐にわたるプロジェクトを推進。現在は同社ディレクターとして、コンサルティングサービスの提供に加え、ソリューション開発、企業研修、ブランディング活動、次世代リーダー育成を担う。日本プロジェクトマネジメント協会SIG主査。著書に『改訂4版 P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック』(改訂委員・執筆、日本能率協会マネジメントセンター、2024年)。経営学修士(MBA)。
このように企業変革の複雑性が増す中で、プロジェクトを牽引するPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の役割も大きな転換期を迎えている。従来の「管理型PMO」の機能だけでは変革を真の成果に結びつけることは難しくなっている(図表1参照)。
「進捗や課題、QCD(品質・コスト・納期)を管理する機能は、現在でもPMOの重要な基盤ではありますが、それに加えて、複数の変革テーマを横断して価値につなげる必要性が重視されるようになりました。さまざまなプロジェクトが複雑に絡み合う中で、戦略と現場の認識のずれや、業務とITの不整合といった根本的なボトルネックを解消できず、全体として価値が生まれないケースが多発しているのです」(柳氏)
プロジェクトを成功に導く 「変革実装アーキテクト」とは
では、これからの複雑な変革プロジェクトを成功に導くために、PMOはどのように進化すべきなのか。そこで、IMが提唱する次世代PMOのあり方として、キーワードになるのが「変革実装アーキテクト」である。
変革実装アーキテクトとは、経営層が描く変革の意図を深く理解し、それを現場で実行可能な設計へと翻訳し、成果として回収されるところまでを見届ける存在だ(図表2参照)。
変革の現場で頻繁に起きるのが、「価値をつくること(Value Creation)」と「価値を組織に取り込むこと(Value Capture)」の間に生じる深い断絶(キャズム)である。
佐藤氏はこの断絶について、具体的な現場の齟齬を挙げて説明する。
「たとえば、経営層から『DXで生産性を10倍にしろ』という大号令が出たとします。しかし、経営層の戦略的な意図が現場の実行に落ちていないと、現場は数字だけを頼りに自分たちの部門の都合で独自解釈を始めます。その結果、部門間で部分最適の取り組みが散発し、各部門の成果を足し合わせてもとうてい10倍には届かないという事態に陥るのです」
この断絶を埋めるには、経営層からの抽象的な指示を現場が腹落ちするアクションへと分解し、ロードマップを描く「翻訳者」が必要だ。計画をつくるだけでなく、構想を実装可能な設計へ導き、成果定着までを接続する。これが変革実装アーキテクトの真骨頂である。
AIやデジタル技術の活用によって、進捗集計、資料作成、リスクの検知など、PMOの管理業務は今後さらに効率化されていくと予想される。その一方で、企業固有の事情を踏まえた意思決定や部門間の利害調整、現場の行動変容までをAIだけで完結させることは難しい。だからこそ、経営層の意図を現場の実行へ翻訳し、人と組織を動かす役割が、これからのPMOには求められるのだ。
この役割を果たすために不可欠な要件が、「ゼネラリスト的な俯瞰力」を持った人材だとIMでは考えている。しかし現在、特定領域を横断して変革全体を俯瞰できるPMO人材の社内育成は、極めて困難だ。
「かつての日本企業には、ジョブローテーションを通じ、社内の事情を横断的に理解して調整できる人材が存在しました。しかし、近年は職種の専門化が進み、そのような人材は減ってきています」(佐藤氏)

