ニューヨーク・タイムズはなぜ変革できたのか

『ニューヨーク・タイムズ』紙は2011年、広告収入と発行部数がともに減少する事態に陥り、新たな収益源の確保に躍起になっていた。同年3月、発行元であるニューヨーク・タイムズ・カンパニーは業界の動きに逆行する形でペイウォールを導入し、オンラインコンテンツの閲覧を有料化することを決めた。

 しかし、新たなデジタルサブスクリプションサービスの滑り出しは順調とは言いがたかった。同年末時点の購読数はわずか40万6000件で、売上高は4400万ドルに留まり、同社の総売上高の1・9%を占めるにすぎなかった。創業160年の同社は、これらの数字を積極的に伸ばす方策を真剣に検討する中で、従来とは異なるやり方で事業を運営する必要があると悟った。

 それまでニューヨーク・タイムズは伝統的な手法でデジタルプロジェクトを管理してきた。PC、iPad、iPhoneなど多様なデバイスからコンテンツにアクセスできるようにするには、技術面で膨大な労力が必要だった。そのため、同社は一時的にITチームを編成し、所定の期限と予算を指示して対応させた。プロジェクトが終了すると、チームは解散し、メンバーは次のプロジェクトへと移っていった。

 しかし、公開されたレポートや筆者らがインタビューを行ったプロダクトマネジメントチームのあるメンバーによると、このアプローチはうまく機能していなかった。リーダーらは多くの場合、新規サービスを長期的に成功させることに対するITチームの当事者意識があまりにも乏しいと感じており、スケジュールの遅延や予算の超過も頻発していた。こうした状況を解決しようと、同社は新たなアプローチとしてデジタルプロダクトマネジメントを試すことにした。

 第一段階として、ニューヨーク・タイムズは編集者とプロダクトマネジャー、デザイナー、エンジニア、アナリストを組み合わせた領域横断的なチームを編成した。そして、彼らをプロジェクトごとに異動させるのではなく、チームとして長期的な任務を与えた。チームはそれぞれ、プロダクトを立ち上げた後、それを一つの事業として運営し、みずから損益(P/L)に責任を負いながら成長させることが求められた。プロダクトマネジャーには、プロダクトと技術に関するロードマップを策定し、実験で得た学びに基づいて意思決定をする権限が与えられた。

 チームがこのアプローチに習熟するにつれて、同社がサービス導入を成功させる能力は上がっていった。2014年には、数千件のレシピを集めたオンラインリポジトリ「NYTクッキング」と、日替わりのクロスワードパズルに特化したサブスクリプションを立ち上げた。

 2016年には製品レビューサイトの「ワイヤーカッター」を買収し、そのサービスを積極的に拡大した。さらにクロスワード以外にも、読者向けに多様なゲームを開発した2022年の「ワードル」の買収以降、同社のゲーム事業の成長はさらに加速している。また、2017年には新たなポッドキャスト番組「ザ・デイリー」を開始し、リスナー数が急増すると、ポッドキャスト番組のラインアップをさらに拡充した。

 いまやニューヨーク・タイムズは、メディア業界で稀に見る成功を収めている。そのサクセスストーリーは、企業がレガシービジネスの枠を超えて迅速な成長を目指すうえで、デジタルプロダクトのアプローチがいかに有益かを物語っている。現在、1200万人以上が同社のプロダクトを購読し[注1]、デジタルサブスクリプションによって年間12億ドル以上の売上げがもたらされている。これは総売上高のおよそ半分に相当する金額である。

 IT分野では、長らく「プロジェクトマネジメント」がオペレーションモデルの基本だった。1970年代には、明確に定義された線形かつ連続的なソフトウェア開発プロセスであるウォーターフォール型の手法が普及した。2000年以降は、そこにアジャイル型やユーザー中心志向の手法が加わった。しかし手法はどうあれ、ITプロジェクトは伝統的に、独自の技術ソリューションを生み出すための一時的な取り組みだった。

 しかし、このモデルにはいくつかの大きな問題がある。スタンディッシュ・グループによると、何よりもまず、世界のITプロジェクトの成功率は31%にすぎない。他の情報源では、失敗率が85%に達する可能性も示唆されている[注2]。企業は生成AIをはじめとする新興テクノロジーを実験しているが、これまでと同じ手法を踏襲し続ければ、おそらく失敗率は上がるだろう。