組織の命運を決定づける根本的な5つの課題
サマリー:『ウォール・ストリート・ジャーナル』誌で「世界ナンバー1の経営思想家」に選ばれ、『コア・コンピタンス経営』や『経営の未来』でも知られるロンドン・ビジネススクール客員教授ゲイリー・ハメル氏の著書『経営は何をすべきか』(原著2012年、翻訳2013年発行)。本書においてハメル教授は、未来と人間に適した組織を築くための「マネジメントの刷新」を提言し、その実現に向けて立ち向かうべき5つの重要な課題と視点を提示している。本連載では、本書で明かされるハメル教授の問題意識と5つの課題、それを補完する視点を再編集してお届けする。今回は、本書を執筆した目的が語られた「はじめに」の内容を紹介する。

はじめに

『経営は何をすべきか』はひとつのことについて書いたものではない。リーダーシップ、チーム、イノベーションを扱った、400ページにわたる論文ではない。むしろ、容赦ない変化、熾烈な競争、飽くなきイノベーションを特徴とする世界を勝ち抜く組織を築くための、多面的な課題を取り上げる。

 この本は何かをこれまでよりうまく実行するためのものではない。自社の利益率を高めたい人々に向けた手引きではなく、マネジメントの現状を刷新しようという熱烈な訴えである。つまり、資本主義、組織、働き方や就労環境についての根本的な前提を問い直そうというのだ。

 この本は今日の勝者を称えるものではない。これまで素晴らしい成果を上げてきた企業を称賛するのではなく、むしろ、未来に適し、人間にも適した組織を築くための青写真を示す。

 言うまでもなく、いま重要なものは数多い。ソーシャルメディア、「ビッグデータ」、新興市場、仮想コラボレーション、リスク管理、オープン・イノベーション、持続可能性……。しかし、確実性や信頼が打ち砕かれた世の中では、ひときわ重要な事柄もある。組織が直面する課題は数限りないが、リーダーの時間や余力は限られている。だからこそ、いま本当に重要なものは何かをはっきり押えておく必要がある。そこで、「自分が属する組織の今後の命運を決定づける、根本的な課題は何だろう」と胸に手を当てよう。私が何より重要だと考えるのは、理念、イノベーション、適応力、情熱、イデオロギーの5つだ。これらを柱に据える理由は、以下のとおりである。

理念

 自由市場経済にはどんな時も過剰がつきものだろうが、強欲な銀行家や節操のないCEO(最高経営責任者)は近年、自己本位の無責任にかけて新記録を打ち立てようと血眼になっているように見える。公正な世界では、彼らは資本主義を冒涜したとして告発されるだろう。当然ながら、大企業はいまや信頼度のきわめて低い組織である。信頼が損なわれるにつれて、規制の強化が行われてきた。この傾向を逆戻りさせるには、ほかでもない企業倫理を立て直す必要があるだろう。関係者の利害は必ずしも一致しないが、理念がかつてなく重要になっているという一点に関しては、異論はないようである。

イノベーション

 緊密なつながりに満ちたグローバル経済では、花形の製品や戦略はたちどころに模倣される。猛烈な勢いでイノベーションを続けないかぎり、成功は束の間で終わってしまう。にもかかわらず、イノベーションを全員の日々の業務として位置づける企業は、100社中1社に満たない。たいていの組織では、イノベーションはそれに適した環境があるからではなく、「不利な環境にもかかわらず」起きている。これは困りものである。なぜなら、長期的な価値を生み出すための持続可能な戦略は、イノベーションの実現以外にないのである。イノベーションをめぐる議論は10年間も続けられてきたのだから、いまこそ建前と現実の溝を埋めるべきだろう。そのためには、優先順位をつけ直し、発想を入れ替える必要がある。これは簡単ではないと思うが、イノベーションがかつてなく重要になってきている現在、選択の余地はない。

適応力

 変化の足取りが速まっているのだから、戦略を刷新するペースも上げなくてはいけない。問題は、重大な変革は危機をきっかけにしたものがほとんどだということだ。これでは後手に回り、大きな痛みを伴い、コストもかさむ。大多数の組織では、過去にしがみつこうとする理由に事欠かない一方、「先を見越して変革を起こそう」という意識を育む要因はほとんどない。一般には、現状維持派が未来志向の変革派より強大なのである。このような事情から、既存企業はたいてい、過去のしがらみのない新興企業に負けてしまう。業界のリーディング企業が一夜にして傾きかねない状況では、繁栄を保つには自己革新を続けていく以外に道はない。だからこそ、適応力がかつてなく重要になっているのだ。

情熱

 イノベーションと変革への意思は情熱から生まれる。つまり、現状に対するもっともな不満の産物なのである。残念ながら、ふつうの職場では興味関心や活気は育たない。つまらないきまり、ありふれた目標、階層組織のせいで仕事への意欲は削がれてしまう。知識経済のもとではそれでもかまわなかったのかもしれないが、創造性がカギを握る経済ではこれはとてつもない大問題である。最近の顧客は並外れて素晴らしい製品やサービスを期待しているが、それを提供する企業は稀である。原因は力不足ではなく熱意の欠如である。人生と同じくビジネスの世界でも、「退屈な」と「素晴らしい」の違いは情熱の有無にある。月並みな組織の利益が急減するいま、情熱はかつてなく重要になっている。

イデオロギー

 適応力、革新性、活気、高潔さなどの点で、組織が中で働く人々より劣って見えるのはなぜだろうか。人間味に乏しいのは何が原因だろうか。原因は、管理を絶対視するマネジメント・イデオロギーにある。どんな反論があろうとも、管理こそ大多数の経営者や経営体制の主な関心事であるのは間違いない。予算、業績目標、業務方針、就業規則などが守られれば、経済価値の創出に役立つが、創出効果は以前より衰えている。最近では、経済価値を創出するのは誰も予想していなかったような素晴らしい製品、風変りな魅力を持ったメディアキャンペーン、まったく新しい顧客体験である。厄介なのは、管理至上主義のもとでは、高い独自性や型破りなものは弾き出されることだ。過酷な選択が待っている。「組織にいま以上の適応力、革新性、人々を鼓舞する力が備わる見込みはない」と諦めるか、あるいは、管理至上主義に代わる考え方を探すか、どちらかである。よりよい業務プロセスとよりよいビジネスモデルだけでは足りず、よりよい事業原則が求められる。だからこそ、イデオロギーがかつてなく重要になっている。

 これらは壮大で気の遠くなるような課題である。挑むには、「いつもどおりのマネジメント」などというぬるま湯から抜け出さなくてはいけない。これらの課題は、繊細で多面的な性質のものである。このため本書では、「全員が同じ方向を目指そう」といった少数の平凡な解決策に頼るのを避け、重要な課題の一つひとつについて相互に補完的な5つの視点を提示した。5つの課題おのおのにつき5つの視点ということはつまり、本書は合計25の章で構成されるわけである。だがご心配なく。ほとんどの章は短く、互いに独立している。

 本書を最初から最後まで苦労して読破する必要はない。ご自分の関心に合わせて、思いのままに拾い読みしてもらえばよい。喩えるなら、この本はフルコースの晩餐会ではなく小皿料理を楽しむタパス・バーのようなものなのだ。どうぞお楽しみいただきたい。

ゲイリー・ハメル教授、ダニエル・ゴールマン博士ら登壇
創刊50周年記念フォーラム「経営の未来」のお知らせ
開催日時:12月1日(火)、2日(水)両日とも12時~
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』の創刊50周年を記念したウェブセミナーを開催いたします。本書『経営は何をすべきか』や『経営の未来』の著者であるゲイリー・ハメル教授、『EQ』の提唱者としても知られるダニエル・ゴールマン博士ら、多数の豪華な登壇者とともに議論を深めます。創刊50周年の節目だからこそ実現した、経営の叡智が集う2日間にぜひご参加ください。
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生き残るために取り組むべき5つの課題
『経営は何をすべきか』

[著者]ゲイリー・ハメル
[翻訳]有賀 裕子
[内容紹介]
ウォール・ストリート・ジャーナル誌が選ぶ世界ナンバー1経営思想家であり、『コア・コンピタンス経営』『経営の未来』で有名なゲイリー・ハメル氏。同氏がグローバル社会において求められるマネジメントとは何か。混沌とした状況で、いま、そして今後、何を指針としていくべきか。経営の大家が送る渾身の提言。

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