2013年にPPRから社名変更したケリングは、グッチやボッテガ・ヴェネタを抱える世界的ブランド・グループである。2005年にCEOに就任したフランソワ=アンリ・ピノーは、同社をフランスのコングロマリットから世界的なブランド王国へと躍進させた。多くのブランドを買収してきた同社はどのような基準で買収を決め、自社が持つブランドとのシナジーを実現してきたのか。CEOみずからがこれまでの軌跡と、将来のビジョンを語る。

グローバルなブランド・グループへ

 2003年のこと。私は父に夕食に誘われ、私たちが住むパリにある父の行きつけのレストランに赴いた。その頃父はアルテミス(家族持株会社で、父が1963年に設立したコングロマリットのPPRを傘下に置く)をはじめ、オークション会社のクリスティーズなど、さまざまな企業の会長を務めていた。HEC経営大学院を85年に卒業した私は、87年からアルテミスに勤務しており、数カ月前に40歳の誕生日を迎えたところだった。夕食の席で、父は自分が会長の座を退きたいと望んでいること、私にアルテミスの会長兼CEOになってほしいと考えていることを告げた。私は突然の話に驚きを隠せなかった。「仕事を辞めて、いったいこれから何をしようというんです」。そう尋ねたが、67歳の父は、友人の一人がファミリー・ビジネスの引き継ぎを準備しないまま急逝したのを目の当たりにして、いまが潮時だと考えたのである。

 夕食は木曜日だった。次の月曜日に私がアルテミスの本社に出社すると、私の執務室の調度品は新調され、机には父が座っていた。「お前の働く場所はもうここじゃない。そっちだ」と言って、それまで彼のものだった役員室を指差した。週末のうちにいっさいのものを移動させていたのである。