真の顧客中心主義とは何か

 企業は皆、顧客重視の戦略を取っていると主張する。しかし、「顧客」ほどいかようにも使えるマネジメント用語は珍しい。実用的な定義としては、「製品やサービスを購入して売上げをもたらしてくれる人や組織」があるだろう。この定義には、消費者、卸売業者、小売業者、企業の購買部門など、バリューチェーンに関わる幾多の人や企業が含まれる。社内の他部門を顧客と呼ぶ場合さえある。製造部門はR&D部門の顧客であり、この両部門はともに人材開発部門にとっての顧客だ、といった具合である。

 収入をもたらさない人や企業を顧客の定義に含める場合もあるだろう。巨大製薬会社のメルクにとっては、薬を服用する患者やそれを処方する医師よりも、さらに重要な顧客がいる。世界各地の研究所や大学に所属する研究者を、重点顧客と位置づけているのだ。したがってメルクのビジネスモデルは、基礎研究を行い、論文を執筆し、カンファレンスで研究成果を発表するよう、世界に冠たる社内研究者たちにはっぱをかけることを前提としている。革新的な化合物を発見して、それをマーケティング、セールス部門の手で製品へと仕立て上げるのが狙いである。組織構成や資源配分さえも、研究主体の大学のようである。つまり、職能別のシンプルな構成の下、中央集権的なR&D部門が大きな力を持ってかなりの資源配分を受けているのだ。

 容易に想像される通り、多くの経営者は、メルクのように顧客を狭く定義することには消極的である。重点顧客を広く定義しておけば、悪い結果になりかねない難しい判断を避けて通れる。変化の激しい新しい市場では、このような誘惑は特に強い。そのうえ、多くのビジネス・リーダーは「バリューチェーンの関係者すべてを顧客として扱えば、社内の調整を図りやすく、対応も向上するはずだ」と考えている。