新しい経済学、サステナビリティ、イノベーション、グローバリゼーション、組織研究、ビジネス生態系……さまざまな領域の知的成果を結集させ、事業環境への対応を求められる現代企業経営。まさしくそれは日本企業の戦略課題である。だが、混沌とした状況の中では何かしらフレームワークを持たなければ道に迷う。日本の経営者は、外部と内部の経営資源を縦横無尽に使いこなす高度なマネジメントを行わなければならない。企業戦略の最先端に位置するダイナミック・ケイパビリティは、その示唆に富んでいる。
米国経営学の現状
カリフォルニア大学バークレー校での2年間の留学を終え、帰国したのは2014年3月。それからあっという間に秋が過ぎ、師走を迎えた。四季をめぐる日本と異なり、サンフランシスコ近郊のバークレーは夏は暑くなく冬も寒くない、1年中温暖な気候である。そして、雨もほとんど降らない。もちろん、クリスマスに雪はない。朝夕だけ薄い上着が必要な程度だ。その気候のすばらしさに、だれもが驚かされる。

慶應義塾大学
商学部・商学研究科 教授
1957年生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、同大学院修了後、防衛大学校教授・中央大学教授などを経て、2006年より現職。この間、ニューヨーク大学スターン経営大学院で1年間、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院で2年間、客員研究員として研究を行う。また、2009年から2011年まで経営哲学学会会長、経営学史学会理事を務め、現在、経営行動研究学会理事および経営哲学学会常任理事。著書に、『組織の不条理』『戦略学』(ともにダイヤモンド社)、『比較コーポレート・ガバナンス論』(有斐閣)、『なぜ改革は合理的に失敗するのか』(朝日新聞出版)など多数。
しかしもっと驚いたのは、米国における経営学研究の異常なまでの科学主義的で実証主義的な傾向であった。とにかく、統計ソフトを駆使してひたすらデータを処理し、いくつかの命題を実証する。そうした実証主義的研究が、いまの米国経営学の主流である。
訪米当時、リーマンショック以後の日本は『もしドラ』ブームで、多くのビジネスパーソンが倫理的な観点からドラッカーの哲学的なマネジメントに関心を持っていた。そんな日本からやってきた私は、米国の実証主義的権威に圧倒された。
しかし、夢は覚めるものだ。私はすぐに疑問を抱き始めた。統計学の乱用という現実が見えてきたからだ。
たとえば、因果命題と相関命題の混同である。「人は幸福感を感じると、社会貢献活動を行う」という命題を因果命題として実証しようとする。しかし、これは、 因果命題ではなく、相関命題である。というのも、そこには「人は社会貢献活動を行うと、幸福感を感じる」という命題も成り立つからである。つまりこの場合、どちらが原因で、どちらが結果なのかはわからない。
あるいは、「課長経験のない社長が経営するベンチャービジネスに投資すれば成功する」「スター教授が来ると、学部の知的レベルが上がる」といった仮説が、 理論的説明が不十分にもかかわらず信奉されている現実。なぜそうなるのかが解明できていない、つまり因果はわからないのに、とにかく相関を示すデータさえ あればそれでよいという姿勢に疑問が残る。さらに、ある仮説に対する反証がないことで検証済みと解し、仮説・検証の論理的意味を誤解したまま、その仮説を 真理として実証されたと思い込む。
これらが「実証主義的な科学」としてまかり通り、市場を支配できるという傲慢な発想に発展したことが、リーマンショックを導いた原因の一つかもしれないと思った。
この米国流の相関仮説で満ちた疑似科学的で実証主義的な経営学から、日本の経営学をどのようにして守るべきか。いかにして科学主義に負けないようにするか。米国滞在中にいつしか、こんなことを考えるようになった。